「いいな貴明は……メイドロボと知り合いなんだろう?」
「イルファさんな。知り合いと言うと何いうかな」
放課後の帰り道を歩きながら漏れた唐突な雄二の言葉に微妙な笑顔を浮かべる。
雄二からメイドロボの話が出た時は、悪い予感しかしないからだ。
「そうそのイルファさんだよ。めっちゃ美人だよな……俺もあんなメイドロボ欲しいよ」
「そうか」
「なー、お前から珊瑚ちゃんに頼んで一体だけでも良いからメイドロボ貸してくれないか」
「無茶言うなっての」
雄二のメイドロボへの思いの深さに少しだけ感服しながらも、俺はきっぱりと断りをいれた。

その後、幾度か同じ様な会話を繰り返す雄二と別れ、俺は夕飯の調達の為に一人商店街へと訪れていた。
夕方で込み合う人波をかきわけながら目的の場所へと向かう。
夕飯の献立に少しだけ思考を巡らす。
弁当かはたまたカップ麺か………悩むな。
手料理なんて芸当が出来ない俺の献立なんてこんなもんだ。
微妙な選択を本気で悩んでいると視線の先にとても見知った顔を見かけ足を止めた。

「あの…すいません。私は用があるので…」
青いショートの髪と紺色と紫のスカートに身を包んだ女性。
あれって…イルファさんじゃないか?
数人の柄の悪い男の姿も見える。
男達は逃がさないようにイルファさんを取り囲みしつこく言い寄り、彼女も困った様に苦笑いを浮かべていた。
俗に言うナンパと言う奴だろうか……少しだけ商店街の注目を集めていた。
俺はイルファさんに微妙な違和感を感じつつも、放っておく訳も行かず誰手も動かない中その渦中に自ら近寄り声をかけた。

「イルファさん、何してるの?」
突然の声にイルファさんと男達が一斉に俺の方に視線を移した。
「あ……貴明さん」
イルファさんは、俺だと分かると嬉しそうに顔を綻ばせた。しかし周りの男達は余計な横やりに目を吊り上げて睨んできたのだった。
「何だガキが、邪魔すんなよ」
「そうだぜ、こっちは今良い所なんだよ。怪我したくないなら帰れ」
見た目通り口も悪く想像通りの反応をする男達。
俺よりも若干背が高く見上げる格好になっているナンパ男達はそれで益々調子に乗り余計に高圧的な態度を取ってきた。
何とも典型的な態度で思わず笑ってしまう。
俺としても穏便に済ましたい所だけど……どうするか。
少しだけ思考を巡らせ、一つだけ方法が浮かび上がった。
男達の間を通りイルファさんの手を取ってそのまま連れ去ろうとする。
「お、おい。待てよ!お前…」
「この子、俺の彼女なんで勝手に手を出さないでくれますか」
相手の言葉を最後まで聞かず振り向いた俺ははっきりと告げた。
相手の眼から逸らす事無く真っ直ぐに告げられた言葉に、男達は一瞬気押されたように押し黙った。
「た、貴明さん…」
後ろからはイルファさんの何処か熱っぽい声が聞こえてきたが今は目の前の連中から離さなかった。
もしかしたら、相手が暴力に打って出るかもしれない…そう思うとイルファさんを握る手に力が籠る。
なるべく顔に出さないように暫くお互いに睨みあっていると相手が興が削がれたのか“ちっ”と舌打ちをして人ごみに消えるように去って行ったのだった。
それを見えなくなるまで見送ると、俺は“はぁー…”っと深く溜息を吐き緊張を解いた。
あー、びっくりした…一発ぐらいは殴られる覚悟はしてたがそれすらなく何とか捲けたようだ。
正直内心はかなりビビってたが、何も無くて良かった。
ようやくイルファさんの手を離し顔を向けると、彼女は嬉々として声をあげて俺の腕へと抱きついてきた。
「すごいです!貴明さん!!」
「ち、ちょっとイルファさん!!」
「貴明さん、凄くかっこ良かったです!一体どうしたんですか?何時もの貴明さんじゃないみたいです」
「いや、大した事はしてないけどさ……それよりも普段の俺ってイルファさんにどんな風に見えてたのさ」
「えっとー…それは、何時も女の子に流されちゃうヘタレさん?」
「それって、もしかしなくても褒めて無いよね」
嫌な顔をして睨む俺を、イルファさんは悪戯っぽく笑った。
「ごめんなさい、冗談ですよ」
本当かよ。
思わず突っ込んでしまいたかったが、なんかこう笑っているイルファさんを見てるとどうでも良くなってきた。
あー、だからヘタレって呼ばれるんだろうな…俺。
「でも、本当何時もの貴明さんみたいじゃなかったですよ。すっごく男らしくて逞しかったです」
「あー、まぁドラマか漫画の受け売りだよ。似たようなシーンが浮かんでもしかしたらって思ってとった行動だったけどね」
実際にやるとなるとやっぱり違うな。
内心破裂しそうなぐらい鳴ってたし、それにしても……

「イルファさんでもナンパされるんだね」

「あ、その言い方は酷いです。私だって純情可憐な乙女なんですからナンパぐらいされますよー」
うわぁ、自分で可憐と言いますかね?普通。
しかも乙女って……ぷっ。
思わず笑う俺に、イルファさんはちょっと不貞腐れた反応を見せプイッと横を向いてしまった。
「ごめんごめん。冗談だから、機嫌を直して」
「むー…良いです。特別に許して上げます。」
「ありがとう。でも何時もはされてないのに何で?」
「それは…多分今日はイヤーバイザーを付けて無いのが原因だと思います」
「バイザーを…あ、そっか。それでか」
そうだった、何か違うと思ってたけど何時も付いているバイザーが無かったんだ。納得した。
「で、なんでバイザーを付けて無いの?何時もは付けてたよね」
「あ、はい。ちょっと掃除をしてましたら片方を壊してしまいまして…壊れたままじゃ恰好が悪いので外したらこんな事に」
イルファさんは困ったように照れ笑いをした。
普段はバイザーを付けているから、周りからはメイドロボと認知されていたがバイザーが無いイルファさんはどっからどう見ても普通の女の子にしか見えなかった。
確かに、ナンパ共からすれば良いカモだろう。
「そっか…家に、予備とかは無かったの?」
「はい。そう簡単に壊れる物では無いので、予備は持ってないんです。研究所へ取りに行けば良かったんですけど、家事も残ってましたので明日には自宅に届けてもらうようにしました」
自分の事よりも珊瑚ちゃん、瑠璃ちゃんの事を考える辺りとてもイルファさんらしかった。
すると、イルファさんが良い事を思い出したようにポンと手を合わした。
「そうだ、貴明さん。どうせなら一緒に買い物しませんか?助けてくれたお礼に美味しい夕飯をご馳走しますよ」
「あ、いや…それは嬉しい申し出だけど……」
珊瑚ちゃんの家は親もいない年頃の女の子しかいないんだ。
そんな家に男一人行くなんてご近所様に言い噂になるとは思えない。
だけど、久々に有りつける手料理の誘惑に揺れるのも本音だ。
「どうせ、家に帰ってもカップ麺とかだけで済ますつもりなんでしょう。良かったら今日はトンカツにしますよ」
「に、肉?……ごくり。い、良いの?」
遠慮しながも聞き直す俺にイルファさんはにやりと厭らしいぐらい不敵な笑みを浮かべていた。
うぐっ、見事に餌に釣られたような気がする。
「ふふっ、勿論ですよ。貴明さんは、珊瑚様達の大切な人ですから。珊瑚様達の大切な方ならば私にとっても同様です。ですから遠慮しなくても良いんですよ。それに…さっきみたいな人たちがまた来るかもしれないですし、貴明さんが居れば安心です…駄目ですか?」
そう言って俺の腕に自分の腕を組んで上目使いで聞いてくる。
腕に感じる女性特有の柔らかさと肉の誘惑に俺はもう頷く事しか出来なかった。
「それなら喜んで付き合うよ…けどさ腕を組むのは止めない?」
「何でですか?」
「いや、だって恥ずかしいし…」
頬を染めながら鼻の頭を掻く俺。
そんな俺達を周りの通行人はさっきとは別の意味で見ていた。そんな視線を知ってか知らずか、イルファさんはにっこりと笑った。
「あら、駄目ですよ。だって私は、貴明さんの“彼女さん”じゃないですか?彼女なら腕を組むぐらい普通ですよね」
「あ、あれは無我夢中で言った言葉であってね。その…」
「え、じゃ…嘘なんですか?さっきの言葉は全くも思ってない出まかせですか」
うっ!?
そんな悲しそうな顔しなくても………
「いや、だからね…」
「じー……」
「ほら、あの時はナンパが……」
「じー……」
「………う、嘘じゃないです」
「じゃ、良いですよね。行きましょう、た・か・あ・き・さん♪」
「あ、ああ」
結局流される自分に合掌。
だってしょうがないじゃないか。
こんな可愛い子に迫られ断れる術があるならこっちが教えて欲しいぐらいだ。
それに……好きだって言うのは本当だし。
まさに惚れた弱み、俺は微かに顔を引きつらせながら恋人宜しくな状態のままスーパーの中に入って行ったのだった。

~End~












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