彼女の名前は三宮紫穂。
特務エスパーに所属するレベル7の一人。
能力はサイコメトラー。
人の身ならずあらゆる者に残る意志を読み取る事が出来る故に直接的な力の念動力者と違い、他者の意志を読みとる超感覚能力者……特にサイコメトラーは触れる事すら恐れる者は少なくなかった。
レべル7である紫穂の力は普通人の心など触れるだけで全てを曝け出すようなものなのだ。
特別近しい人ならいざ知らず、大半の人間は紫穂に触れる事すら恐怖する事は珍しくない。
人は、誰しも心の中を見られるのは嫌なもの………だけど、たった一人だけ変わらず彼女に触れてくれる人が現れた。
触れる掌から感じる意志は何時も“怖い”“気持ち悪い”“化け物”と紫穂を阻害する気持ちだけだったのに、彼の心はいつも穏やかで温かかった。
出会ってから随分経った今でも彼の態度は変わらない。
幾ら非常時以外はリミッターが付けられていてもレベル4程度の力はあるにも拘らず。
触れれば心を読められてしまう筈なのに………

「だから、私はもっと彼と触れたい。もっと知りたい」

卑怯だと思うけれどこの欲求は止められない。
たとえずっと一緒にいる大切な友達である二人に対しても譲れない。
ドキドキと高鳴る胸を感じながら眠る二人を起こさないように紫穂は静かに部屋の外へと向かった。

京都での任務を終えた皆本光一は今回の仕事の報告書を終え、久々の自室でビールを飲みながらゆっくりとまどろんでいた。
時計の針は既に12時を超えており、同居人のチルドレンは既に夢の中だろう。
何時もの騒がしさと打って変わりこの静かさは逆に落ち着かないと思ってしまうのはきっと、あの三人と一緒にいる事が当たり前になりつつあるの証拠。
そう思うと皆本はふっと小さく笑った。
「もう一本ぐらい飲むか。それで、今日はもう寝よう」
そう思い腰を上げると、部屋の扉が小さく鳴った。
「…皆本さん。まだ起きてる」
「紫穂か?起きてるけど……どうした?」
返事を返すとゆっくりと扉が開けられパジャマ姿の紫穂が部屋の中に入ってきた。
「……」
「……紫穂?」
用事があると思いきや口を閉ざしたままで一向に喋らない。
もしかして何か深刻な事でもあったのだろうか……そう思った皆本は紫穂の傍により視線を合わせた。
「何かあったのか?」
「そう言う訳じゃないわ」
視線を逸らしながら言われても説得力はない。
思い当たる節があるかどうか考えるとある一つの事が浮かんだ。
「もしかして……留守中に賢木と何かあったのか」
ビクリと体が震え、首を横に振るが少なくともずっと紫穂を見てきた皆本には何でも無い風に思えなかった。
賢木と紫穂は、同能力者であるが故が度々ぶつかり合う事は珍しくなかった。
プライドが高い紫穂に対して感情的になりやすい賢木が何かしたのかもしれない。
それに、陰りを浮かべる表情を見せられ素直に紫穂の言葉を鵜呑みにする訳にもいかなかった。
「嘘をつくんじゃない。何があったかちゃんと言ってくれ」
「でも……」
「遠慮するな。僕に出来る事なら力になるから…とりあえず座ろう」
紫穂の手を取り、先程座っていたベットへと向かい腰をかける。
手を握ったまま離さない紫穂に、皆本はもう一度同じ事を聞いた。
「紫穂、何があったか教えてくれ」
何時もの気丈な紫穂とは全く正反対の態度に皆本は気遣いの眼差しを向ける。
俯いているため紫穂の表情は分からないが、皆本の心の中は少女の事を守りたいと言う純粋な思いで一杯だった。
そう、純粋に皆本は紫穂の事を思っていた。
紫穂の口元が微妙に笑みが浮かんでる事に気がつかないほどに。

「賢木先生に言われたの……今のままじゃ私は皆本さんに嫌われるって」
「僕が…紫穂をかい」
コクッと小さく頷く紫穂に皆本は頭を掻きながら困惑した表情で「あの馬鹿…」と悪態をついた。
こほんと軽く咳をし空いている手を使い紫穂の頭を優しく撫でた。
「馬鹿。子供がいらない心配をするんじゃない」
子供と言う単語にピックと紫穂の米神が動くがそれも一瞬のことで黙って皆本の言葉を待つ。
「それに、僕が君を嫌いになる事なんてある訳ないだろう」
「どうして?」
率直な返答に皆本は戸惑う。
「どうしてって…僕が紫穂を嫌う理由なんてないし、同じチームじゃないか」
「……ちっ。私が聞きたいのはそんな事じゃないのに」
「何か言ったか?」
「ううん。何でもないわ」
小さな声で呟いた紫穂の言葉は、皆本には届いていなかった。
もちろん、紫穂も独り言のつもりで言った訳だが。
(全く……相変わらず皆本さんは、鈍感なんだから。何時までも子供扱いして………)
出来る限り表情には出さないようにしているのだが、紫穂の心の中では苛立ちと言う暗雲が沸々と起ちこめていた。
もちろん、サイコメトラーである紫穂には皆本の気持ちは良く分かっている。
こうして手を繋がっているからこそ、リミッターが付けられている状況でも彼の優しさが自分を大切に思ってこそなのは十分に伝わっている。
だけど、それはあくまで小さな少女に対しての優しさなのも理解していた。
倍以上の年が離れている二人ではそれは仕方がない事でもある。
だけど、紫穂としてはたまには女として扱って欲しいのが本音だった。
だから、賢木の言われた事をだしにこんな面倒な事をしてるのだ。
(葵ちゃんと帰ってきた時、少しだけ雰囲気が違って見えた気がしたんだけど……気のせいだったのかしら。少しは女性に興味が出てきたのかと思ったのだけど)
この鈍感さはいい加減どうにかしないと……と本気で思う紫穂の心の中では皆本の特訓する様が数多く浮かんでいた。
かなり曲がった行為も中には混ざっているようだが。
だが、ブツブツと呟く紫穂の思考は途中で中断された。
「紫穂」
「…え?み、皆本さん」
突然胸に抱き寄せられて、紫穂の顔が真っ赤に染まった。
「賢木が何でそんな事を言ったか知らないけど、僕は絶対に紫穂の事を嫌いにはならない。ノーマルだからとか、エスパーとか関係なく僕は君たちがちゃんと大きく成長するまでずっと傍にいるよ」
抱きしめる掌から感じる温もりと伝わる思いは決して嘘はついていなかった。
まるで陽だまりのような皆本の優しさはとても心地が良かった。
また、子供扱いされている事には癪に触るのだが、こうして親身になってくれる彼の優しさは今は決して嫌な訳ではなくむしろ嬉しい。
この優しさに紫穂は惹かれたのだから……

ただ、ほんの少しで良いもう少しだけ背伸びをしたかった。
皆本と少しでも対等に居たかったから。
小さな恋する女の子の淡い願い。
だから……

「皆本さん……私は」
どう言えばこの超鈍感男がこの乙女心を気づいてくれるか、思考錯誤してると閉めた筈の部屋の扉がギィっと不気味な音をたてながらゆっくりと開いたのだった。
「紫穂~……」
「あんた~……」
まるで、地獄の底から苦しみ嘆くような魑魅魍魎のようなくぐもった声が聞こえてきた。
更に、部屋の雰囲気も一転し暗雲が立ち込めていた。
そう、部屋に大人しく眠っている筈の薫と葵だった。
(ちっ良い所だったのに……今日はもう無理かな)
どんぴしゃなタイミングで現れた二人に紫穂は内心悪態を付いた。
「紫穂!何抜け駆けしてんだよ」
「そうや、全然戻ってこーへんと思ったら一人だけ……ずるいで!!」
そんな紫穂の心の内を知らない二人は鬼気迫る顔で睨む二人の形相に皆本は恐怖で顔が引きつるが当の紫穂の態度は冷静で涼しげだった。
「ずるいも何も私は、ただ皆本さんに相談してただけよ。何もやましい事はしてないわ」
あっけらかんと答える紫穂の二人は即座に反論をする。
「嘘つくな!!そんな雰囲気じゃ無かったぞ」
「せや、そんなギュッと抱き締められて誤魔化せると思ってんのか!!」
確かに、紫穂を胸に抱きしめる姿を見て相談をしていたと言われ納得できるものか。
だが、そんな的確な突っ込みでさえ紫穂は焦る事無く淡々と答えた。
「だってこれは皆本さんが勝手にしてくれたんですもの。私は何も言ってないのよ」
「な、え?し、紫穂!?」
紫穂の言葉に怒りの矛先が完全に皆本に集中。
突然の乱入に困惑していた皆本は、慌てて反論を開始した。
「ま、待ってくれ。それは誤……いじゃないけど、これは訳があってなんだ。その……」
どうにかして取りつくろうとするが、紫穂の言った事は概ね間違ってない為上手い良い訳が浮かばなかった。
怒りを露わにして徐々ににじり寄る二人に皆本は冷や汗が止まらない。
「皆本~~!」
「皆本はん~~!」
こんな状態では冷静な判断など出来る筈もなく、最後の頼みの綱で紫穂に視線を移すと彼女は楽しそうに笑っているだけでとても助けてくれるとは思えなかった。
焦り言う事に困った皆本は決して言ってはいけないタブーを犯してしまった。
それは……

「っ、い、いい加減にしろお前ら。ガキがいらない心配してんじゃない。とっとと寝ろ!!」

部屋に響く皆本の怒声に、部屋の空気は更に重く冷たくなる。
未だ、小学四年生の10歳の子供……皆本の言う事はあながち間違ってなどいないのだがチルドレンの面々に取って一番の禁句は子供と言われる事だった。
そして、この言葉を言ったものの末路は決まっていた。
「ガ、ガキって言うなと……」
「あ、や、ヤバっ」
「何時も言ってんだろう!!」
薫のサイコキネシスが炸裂。
大の大人である皆本を軽々と吹き飛ばし壁にのめり込め大きなクレーターを作り上げた。
彼女も紫穂と同様でレベル7のエスパー、この程度事は朝飯前……と言うより日常茶飯事の事だった。
何時のように容赦のない制裁を行う薫に段々と皆本の悲鳴は消えガクッと項垂れていた。
流石に見るに見かねた事の発端である紫穂は薫に耳打ちをした。
「薫ちゃん。そろそろやめないと皆本さん死んじゃうよ」
「え?あ、や、やべぇ」
指摘され慌てて力を弱めると、壁から外れ皆本はその場に倒れ気絶をしていた。
ぴくぴくと痙攣を繰り返している様に流石に薫はやり過ぎた感は否めなかった。
「ち、ちょっとやり過ぎたかな。マジで死なねーよな」
顔を引きつらせながら皆本に触れる紫穂は答える。
「大丈夫よ。ただ、気絶してるだけ」
「そ、そうか。はぁー良かった……」
自分が原因にもかかわらずほっと安堵の息を吐く薫。
そう、薫も決して皆本を嫌ってる訳でもなくただ紫穂同様に子供扱いされる事が嫌なだけなのだ。
こういった反発も皆本を大切に思うが故にだ。
最もやられる側からすればたまったものじゃないのだが……ま、彼女達も小さくても女の子。
微妙なお年ごろと言う事なのだろう。
「とりあえず、ベットに戻しておきましょう。休めば明日には治ってる筈よ」
「しゃーないな。てい」
「ごめん。皆本」
葵のテレポートでベットに移動し薫のサイコキネシスで毛布をかけた。
先程の怒りは何処へやら、気絶した皆本を気遣い三人はそっと部屋を出ていく。

「あーあ、明日は皆本に怒られるかな」
「しゃーないわ。薫は何時もやり過ぎなんやから。素直に謝ったらどうや」
「だ、だってよ。皆本が事あるごとにガキ扱いするのが悪いんだぜ。葵だって怒ったじゃんか」
「そうやけど、うちはなんもしてへんし関係ないわ」
「あ、ずるいぞ!葵」
自室に戻る間まで喧騒しあう薫と葵と違い数歩後ろを歩く、紫穂の心の中はちょっとだけ浮きだっていた。
(ふふっ。賢木先生のお陰で少しは楽しめれたわ。皆本さんに抱きしめた貰えたし……今回はこれで我慢して上げるわ。次は、何をしようかしら)
不敵に笑う紫穂に、前の二人は全く気づいていなかった。
三宮紫穂の策謀はこれからも続く……
そして、気絶してもなお、悪夢に魘される皆本の姿はまるでこれからも訪れるであろう苦難の道を指し示すかのようだった。

~End~







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