「バースデーパーティー……ですか?」
トリステイン魔法学院の一室。
ルイズの部屋に訪れたアンリエッタは彼女の使い魔であるサイトと共に直筆の手紙を渡していた。
そう、明日はハルケギニアの一つの大国、トリステイン王国を統べる主であるアンリエッタの18回目の誕生日。
それに伴い首都トリスタニアでは大規模な祭が催される事となっている。
国を挙げて祝う事、故にもちろん学院も休み。ルイズ達も祭には訪れるつもりだったがアンリエッタの誘いは城下町で行われる行事とは全くの別の代物だ。
城内部で直々に行われる王族の縁の者でしか参加出来ない。並の貴族でさえ参加する事は敵わない個人的なパーティーの招待状。
数々の実績を上げ、貴族の称号“シュバリエ”を得たサイトといえ元は平民、事の重大さにいまいち理解をしていなかったが対するルイズはその意味と重大さを理解しており驚愕の表情を浮かべていた。
「あ、あの…姫様。本当に私達が参加してもよろしいのですか?」
「もちろんですよ。貴方達は、私…もといこのトリステイン全体に対しての英雄ですから。日ごろのお礼を兼ねて是非参加して下さい。大したおもてなしは出来ないかもしれませんが……」
あくまで謙虚に申すアンリエッタにルイズは大袈裟にアクションをして肯定をしていた。
「い、いえ!滅相もございません!!私程度の一貴族に対してのご配慮。嬉しい限りですわ……ほらサイトも何かお礼を言いなさいよ!!」
先程から黙って横に立っているだけのサイトのわき腹を小突いた。
「痛ってーな。なにすんだよルイズ」
「うるさい。お礼でもなんでも良いから、黙ってないで貴方も喋りなさい」
「って言われてもな……」
ルイズ同様にサイトにもあどけない笑顔を向けてくるアンリエッタ。
ルイズは嬉しそうだったが、内心サイトの本音は微妙な心境だった。
「えっと……本当に俺も行っても良いんですか?」
「ええ。構いませんよ、むしろ参加してもらえる方が私は嬉しいです」
「そうですか……分かりました、俺も喜んで参加させて頂きます」
「はい。お待ちしてますわ……それでは、私はこれで」
退室するアンリエッタに深々と頭を下げるルイズに対して終始微妙な表情のサイト。アンリエッタが居なくなった今も頭を掻いて複雑な顔をしていた。
するといきなりルイズの足がサイトの左足に思いっきり踏まれ足に襲った激痛にその場に蹲る。
「ちょっと、サイト!貴方なんて表情してるのよ!!姫様に失礼でしょう」
「痛っ……!?お、お前な少しは手加減ってものをだな」
「うるさい!!貴方はどうしてそんな態度なのよ!姫様が直々に誘ってくれたのよ少しは喜びなさい!!」
「わーってるっての。ただ……」
サイト自身もアンリエッタとは仲も良く色々と世話になっている。誘ってくれる事自体は正直嬉しい気持ちで一杯だ。だが……
(俺達以外の貴族も来るんだよな……)
この世界に来て間もないサイトならば素直に喜び向かっていただろうが、あれから随分と経ちこの世界の事も少なからず分かってきている。
納得できない事もあるけど、受け入れなきゃいけない事もある事も。
数々の戦場を抜け色んな事を見てきたサイトはトリステイン…いや、ハルケギニアと言う世界の貴族の本質を目の当たりにしてきた。
傲慢で、プライドが高く、平民を見下し自らを特別視する者たち…それが貴族。
全てではないのだが大半がそのような者たちが多い貴族はどれだけ経ってもサイト自身あまり好かない。
その嫌う貴族に自らもなり、その様な者たちが集まるパーティーに参加すると言われてもサイトの気持ちが乗らないのは致し方が無いと言えよう。
最もこのような弱気な発言、ルイズの前で漏らそうものならお仕置きもの確定なのは目に見えているので口にはしないのだが………
「ただ、何よ」
「……何でも無い。取りあえず明日行くんだろう、準備とかは俺は良くは知らないからルイズに任せるわ。じゃ、何時もの洗濯に行って来るから」
「ち、ちょっと待ちなさい!!サイト!」


洗濯物を持ちご主人様であるルイズの衣服を健気に洗濯する光景は何とも言えず滑稽だった。
これでも、七万の敵を止め土くれのフーケをも打ち倒した伝説の使い魔なのだがこの光景ではどう転んでもそのような豪快な肩書きなど一欠けらも想像は出来ないだろう。
そんな彼を見かけ近寄る人影があった。
「やぁ、サイト。今日も相変わらずルイズの洗濯かい」
「ん?ああ、ギーシュか。何か用か」
胸元を見せつけるように出す軟派な衣装。
綺麗に整た金髪に白い歯。
極めつけに薔薇の花を一輪持つなど見るからに成り金臭を出すこの少年はトリステイン魔法学院の一生徒にして青銅の二つを持つギーシュだ。
サイトはちょっときつめの口調でギーシュに答えたのだった。
「おや、朝から随分ご機嫌斜めだね。またルイズと何かあったのかい」
「いや、そうじゃないけど……ちょっとな」
「なんだい、僕で良かったら相談にのるよ」
サイトの野蛮な態度に大して気にした様子もなく、ギーシュは素直に気遣いの姿勢を見せる。
本来学院に居る生徒は皆、貴族だ。
いくらシュバリエだからと言っても貴族相手にこのような態度をすれば反感を買う事は必須。
だが、学園内の貴族。特に因縁が強いギーシュは今ではサイトとは良い友人関係。
この程度はもう慣れており何よりも二人には立場を超える友情がありこの程度の会話は日常茶飯事の事だ。
(ギーシュに相談ね……こいつに話しても何も変わらねーだろうけど。気持ちの整理程度にはなるか)
いや、友と思ってるのはもしかしたらギーシュだけかもしれない。
「ギーシュは明日の、姫様の誕生祭には行くのか?」
「それはもちろんさ。愛しのモンモランシーと一日中デートだよ。そういうサイトはルイズと行くんだろう?」
既に決定済みたいな言い方に癪に障るサイトだが、本当の事なのであえて反論はしなかった。
「それはどうでも良いんだがな……その後の、王宮内のパーティーには参加するのか」
「王宮のかい?僕としては参加したいんだけどね……生憎、参加状が無くてね。いくら貴族と言えども、王宮からの招待がないと無理なんだよ」
サイトはもしかしたらギーシュも来るのかと思い聞いてみたが意外な答えが返ってきた。
「そうなのか?」
「ああ、王族のプライベートなパーティーだからね。王族に深い関係がないと侯爵家でさえもそうそう簡単には参加出来ないよ」
「ふーん……」
改めてあのパーティーの重大さを聞いたサイトだがやはり気持ちはのらなかった。
「それがどうかしたのかい……もしかして」
「ん?ああ……参加する事になった」
「本当かい!?凄いじゃないかサイト!!」
あっさりと肯定され、素直に驚くギーシュだがあまりに覇気が無い言葉に直ぐに元に戻った。
「だけど…あまり乗り気じゃないようだね」
「まぁな。姫様を祝う事には賛成だけどな。どうせあう言うパーティーにはいろんな貴族が来るだろう?」
「そう……だね。特に限定されてるからね」
「それに俺が行ったらどうなると思う?」
その言葉で全てを理解したギーシュはサイトの落胆ぶりを理解した。
「間違いなく良い顔はされないだろうね。君の性格に合う貴族はあまりいないと思うよ」
「だろう……はぁー」
深いため息を吐くサイトにギーシュは、どう言えば良いのか困ってしまう。
本来、既遂の貴族ならば甘えるな!と厳しく説く所だが生憎サイトは半分平民。
型にはまらず自由な性格なのがサイトの一番の魅力であり貴族が多いこの魔法学院でも彼が幅広く好意を抱かれる要因でもある。
だが、世に居る貴族は別で彼の性格では怒りを買う事の方が多い。
それに従来の貴族というあり方を好まないサイトという少年と貴族では相性が悪すぎる。その事を理解しているギーシュは複雑な反応をするしかなかった。
サイト自身もその事は理解している。だからそれ以上ギーシュに聞く事もなく話を切った。
「ま、気しないでくれ。ただの愚痴だしギーシュには関係ないさ。さてと…洗濯もん終わったから干してくるわ」
「あ、ああ。行って来ると良いよ」

そして次の日…
日中は、ルイズと一緒に城下町での祭を楽しみ日が暮れれば宿で正装に着替えを済まし二人は王宮に足を運んでいた。
正装等、持ちあわしている筈もないサイトはルイズからの即急品の衣装を渡され着替えてはいるが黒髪にぼさぼさの頭ではやはり庶民臭さは隠せないでいた。
一応ルイズに見てもらい、身だしなみも整えたのだが異質さはあまり変わらず明らかに浮いていた。
(皆ジロジロ見てるし……はぁー、やはり来るんじゃなかったな)
人の輪から外れ料理にも手をづける壁に背中を預け立ちつくす。
話が出来る人もおらず暇なサイトはルイズの方に目を向けると、こういう場は慣れているのだろうか周りの貴族たちと挨拶をしている姿が先程から見受けられる。
やはり侯爵家の三女と言った所か…ドレス姿も様になっている。
まさに孫にも衣……あいや、そうではなくて可憐で美しいものだ。
ただ、やはり胸が貧相なのが残念ではあるが……

そして、突如拍手が起こりフロアの先からこのパーティーの主役が現れた。
いつもは白い簡素のドレスなのだが今日はレースやバラなどを施した綺麗なドレスを身にまとい薄く化粧をして何時もより大人っぽく綺麗になっていた。
(アンリエッタ姫も、こうして改めて見ると本当綺麗だよな。俺みたいな庶民とは雲泥の差がある)
アンリエッタに人が群がり花束や掌にキスをするなど皆が彼女を心から祝っている。
ルイズもそれに参加したかったらしいが、いかんせん小柄で貧弱な彼女では群がる人並み勝てずとぼとぼと離れ、サイトの元へと向かってきた。
「なんだ、お前は行かないのか?」
「私だって行きたいわよ。でも人が多すぎて……もう少し引くまで待ってるわ」
「そうか」
先程の光景を見ていたサイトは特に話す事もなく聞いてみた。
「そう言えば、さっきから妙に親しそうに話をしていたな。知り合いだったのか?」
「少しね。家の事情で会った事がある人が数人。後はほとんど、初対面よ」
「それで、あれだけ普通に会話できるのか…すごいな」
感嘆するサイトにルイズは目を細め睨みつける。
「凄いって…サイト、貴方も一応シュバリエなのよ?少しは貴族してのあり方を覚え……」
「ちょっと失礼。ミス・ヴァリエール嬢、少しお話を宜しいですか?」
会話の最中にいきなり入ってきた相手は、見知らぬ男性。
サイト達より若干年齢は上だろうか、白い歯を覗かしキラキラと言う効果音を出しそうな眩しい笑顔を受かべていた。
ギーシュがそのまま成長したような優男、はっきり言えば見た目からしてサイトにとって嫌いの部類に当てはまる貴族だった。
それに一切サイトの方を見ずにルイズにだけ了解を取る態度が気にいらない。
「私なら構いませんわ。何かご御用ですか」
「ええ、先程から貴方を見て気になりまして、初対面で失礼かと存しておりますがミス・ヴァリエールの美しさに心が奪われ声をかけてしまいました。宜しければ、この後一緒に踊りませんか?」
褒められて嬉しいのかルイズは照れ笑いを浮かべ困惑していた。
「え?それは……少し、考えさせて貰って宜しいですか」
「私では役不足ですか?それならそうとはっきり言っていただいて構いませんよ」
またもや、キラリと輝く笑顔。
女性ならころりと行きそうな素敵な笑顔なのだろうが、生憎ルイズの反応は微妙だった。
褒められる事には悪い気はないようだが、何処か乗り気になってないように見えた。
(嫌なら断れば良いのに…)
小声でぼそっと呟くとルイズはキッとサイトを睨んできた。
(そう言う訳にもいかないの!相手が誰かも分からないのよ!!失礼な態度なんてとれないでしょう)
(へぇーへぇー、貴族様は大変ですね)
(あ、貴方ね……)

「ミス・ヴァリエール」
「あ、はい!」
「こちらの方は貴方の知り合いなのですか?」
「え?あ、はい一応は……」
(一応かよ)
声には出さず心の中で突っ込む。
「そうですか……このような下賤な平民では貴方には似合いそうもありませんよ。私の方がきっと貴方に似合う」
挑戦的な発言をサイトの向けられ一瞬ルイズは固まった。そんな彼女に構わずサイトへ視線を移し互いの視線は交差した。
会話する気は一切なかったが振られた以上無視も出来ず仕方なく口を開いく。
「…何で俺が平民だと?」
「君の全てでさ。このパーティーには君のような穴ぐら者が来る場所じゃないからね。平民臭さなどすぐに分かる。ここは神聖なトリステインの王家の者を祝う場所なんだ、君みたいな下々な者が来る場所じゃない」
「……」
どうとってもサイトを貶す言葉の数々。
明らかに相手の態度を煽っていた。
その顔は先程のルイズに向けていた顔とは違い確実に蔑み見下す顔。
(こいつ……)
以前のサイトならば確実に頭に血が上り逆上したいただろう。
しかし、サイトはこうなる事がいくらかは予測しており頭の中では冷静だった。
もちろん、憤りは感じるがここで怒ってはルイズにそして自分を態々誘ってくれたアンリエッタにも迷惑がかかる。
それだけは避けなければいけない。
「ちょっとサイト。落ちついて怒っては駄目よ。そんな事したら……」
宥めるルイズの頭に手を置き止める。
「……分かってる。余計な心配はしなくていい」
「へぇー、野蛮な平民の割に物分かりは言いようだね。それだけ察しがいいのならこの場から消えてくれないかい?目ざわりなんだ」
「……」
「それに、君がアルビオンの七万の兵を止めたと囁かれているみたいだけど本当は逃げてきたのだろう?フーケの件も本当はミス・ヴァリエールやミス・チェルプストーがどうにかしたに決まってる。平民がメイジをどうにかできる筈がないからね」
明らかな暴言の数々。
ここで否定するのは簡単だが、サイトはそんな形だけの名誉など元より必要ない。
守りたい者があり成しただけ。それ以下でもそれ以上でもない。
「ちょっと待ちさない!それは言い過ぎだ…もがっ!?」
「ルイズは黙ってろ」
流石にこの発言には我慢が出来ないか口を挟もうとするルイズの口をサイトは抑え止めた。
ルイズは気づいてないようだが、目の前のキザ野郎以外の貴族たちも同じ意見なのか色ものを見るような痛い視線をサイトに集中していた。
仮に何を言ってもこの状況じゃ誰も耳を貸さないだろう。
むしろ火に油を注ぐだけになってしまう。
(ここまでか……ま、予測していた事とは言えせめて姫様におめでとうの一言ぐらいは言ってから去りたかったけどしょうがない)
「ふっ。それに姫様も君のような男を誘うなどどうかしてる。どんな手を使って王家に媚びを……」
それ以上の暴言を…いや、アンリエッタの事にまで言われる事には我慢が出来ないサイトは殺気を込めて相手を睨みつけた。
幾度の戦場を抜け鍛えられたサイトの眼力は並の相手ではそれだけで震え上がらせる。
もちろん、このような優男が死線など潜った訳もなく本能的に感じる恐怖から口を震わせ視線が泳ぎサイトから目を逸らした。
だが、それも一瞬でサイトは何時もの顔に戻し体を反転、外へと続く扉に向かった。
「ち、ちょっとサイト!何処へ行くのよ!!」
「宿に戻って飯でも食ってくるわ」
「え、な!?姫様に挨拶はまだ……」
「それはルイズが頼む。俺はお呼びじゃないらしいからな」
「ちょっとサイト!!」
ルイズの制止の言葉を背に聞き流しながらサイトは静かにパーティーを後にした。

それから幾時が過ぎ、やっと人垣も消え落ちついたアンリエッタルイズの元へやってきた。
先程いた筈のキザ男の姿はルイズの近くにはいないようだった。
「来てくれていたのですね。ルイズ」
「…あ。姫様?おめでとうございます…本日はこんな素敵なパーティーに招待していただき感謝致します」
畏まり挨拶をするルイズだが、口調に何処か覇気が無く淡々としていた。
明らかに何時もと様子が違うルイズに何かあったのではと思い始めた。
それに、サイトの姿が見えない事に疑問が浮かぶ。
「何かあったのですか?それに…サイトさんは、どちらに。確か一緒に来ていた筈よね」
「え、ええ。来てはいましたけど……その……」
言葉を濁し妙に口籠るルイズにアンリエッタは先を話すように勧めた。
それでも迷いがあるのか視線を泳がせ戸惑いの様子を表すが、心を決め口を開いた。
「実は……」

「そんな……」
簡潔に聞いたアンリエッタは驚きを隠そうとしずに呆然としていた。
「そ、それでサイトさんは」
「宿に戻ってから、食事に行くって言ってました……サイトは元からあんな性格ですし、あまりこのような格式高いパーティーは合わないんだと思います。料理にも全然口を付けてないみたいでしたし……」
あえてサイトには聞かなかったが、ルイズが他の貴族へ挨拶に行ってる間中壁際にずっと佇み一人で孤立していたのは知っていた。
最初から何処か乗り気でないのも。
それでもパーティーに足を運んだ理由もサイトと言う少年と長く一緒に居るルイズには少なからず理解はしていた。
彼は、口は悪く野蛮だが誰よりも優しく敬う人なのはルイズが良く知っている。
だけどアンリエッタはそこまで彼を理解していない。
自分のせいで気分を害し帰ったしまった彼をこの場に呼んでしまった事を後悔の波が襲っていた。
「ルイズ…私は余計な事をしたのでしょうか?」
「そんな事は無いと思います。サイトも姫様の為にここに来ていたのですから」
「そう……でしょうか。私の性で嫌な思いをしたのに……嫌われてないでしょうか」
不安に表情を歪めるアンリエッタの手を取りルイズははっきりと告げた。
「大丈夫ですわ。サイトはこの程度で怒りませんし、姫様の事を嫌いになる筈はありません」
「ルイズ……」
疑いが無く真っ直ぐに見詰めて来るルイズにアンリエッタは素直に羨ましいと思った。
(こんなにも、一心に信じられるなんて……ルイズとサイトさんはそれだけ深い絆で結ばれてるのですね。………私も彼を信じ…いえ、理解をしてあげたい)
高ぶる気持ちは、抑えが効かなくなり一つの衝動を駆り立てる。
「ルイズ、その宿が何処にあるか教えて貰えませんか?」
「え?姫様…何をするおつもりで」
「サイトさんを直接連れ戻してきます。どうかルイズ、貴方の力を貸してもらえませんか?」
「……え?」

手配をした宿に戻り、慣れない正装を脱ぎ何時もの服へと着替えを始める。
すると壁際から声が聞こえてきた。
「おう、相棒。お早いお帰りだな、パーティーはもう良いのか?」
器用に鍔の部分をカチカチと音を鳴らしながら喋りかける人振りの剣。
サイトの相棒デルフだ。
「ああ、まぁな。キザな貴族野郎に出てけと言われた」
「なんだ。それで何もしずにそのまま帰ってきたのか?かぁ~~!情けねぇーな相棒!!」
妙に口の悪い剣にサイトは少し苛立ちの声を上げてデルフを睨む。
「うるさいぞ、デルフ。俺は貴族なんかになった覚えはないし、あんな堅苦しいパーティーは行っても苦痛なだけなんだよ」
「けけ。ま、相棒は根っからの凡人だからな。パーティーよりも城下町の祭の方があってるんじゃねーか?」
「まぁーな」
元より貴族などとは無縁の世界から来た少年。上流階級のしきたり等を知るわけもない日本男子。
そんなサイトではワイワイ騒ぐ祭の方が肌に合っているのは当たり前と言えよう。
窓から聞こえてくる民の声が何とも楽しそうで心を騒ぎ立てる。
「よし、着替え完了。町に出て腹ごしらえでもするか」
シュバリエになりある程度の資金は王宮から貰えるようになったため、食事程度の手持ち金は持ち合わせてあるため問題は無い。
デルフを背中に背負い扉に向かってノブに手を触れた。
しかし、動きが止まりゆっくりと振り返る。
視線の先にはベットの上の正装があり目が止まった。
(姫様には悪い事したな…こんな事になるなら始めから断ってた方が良かったよな。折角誘ってくれたのに…ルイズが用意してくれた服も無駄になったし、帰ったらきっと大目玉だろうな)
罪悪感が浮かび申し訳なくなる。しかし、貴族になりきれない自分が悪い事が一番分かっている。
それぐらいは今日の非礼のお詫びで甘んじて受けようと決め扉を開けた。
古い宿の廊下は歩くたびに少しだけ軋みフロントへ向かって歩く。
すると、前の方から足跡が聞こえてきた。
かけ足をしてるのかギィギィっと激しく鳴っている。
(誰だ?こんな時間に宿に居る人なんて俺ぐらいなもんだしあんなに急いで忘れもんでもしたのか)
目を凝らし先を見つめると徐々に相手が見えてきた。
黒いフードを全身に着て頭巾で頭を隠し、下には白いスカートが見える。
スカートの膨らみ具合からして大凡ドレスだろうが、相成る二つの衣装はどう見ても陳腐な格好だった。
それに、あの姿何処か見た事があるサイトの頭の中には幾つもの疑問符が浮かびあがっていた。
その者は、サイトを見つけると更に速度を上げたように見えた。
(って目的は俺か?あんなヒールで走って…足元もおぼつかないし、下手したら躓く………ああもういわんこっちゃない!)
案の定バランスを崩し前のめりに傾く。
「きゃっ!?」
「ちっ」
予想していたサイトは、バランスを崩す相手向かって全速力で走った。
距離が案外近かったのと判断が早かったお陰か倒れる前になんとか抱きとめる事は出来た。
「…大丈夫ですか?」
「え、ええ。済みません……サイトさん」
聞きなれた声で名を呼ばれ頭巾を外した相手の顔に驚き思わず大声を上げてしまった。
「ひ、姫様!?な、なんで」


流石に廊下に居る訳にもいかずサイトはアンリエッタを連れて一端部屋へと戻ってきた。
「で、何でここに来てるんです。抜けだしてきて…パーティーは大丈夫なんですか?」
「そちらは大丈夫です。挨拶も終わってますし…ルイズに代役をお願いしてますから」
「ルイズに?」

その頃のルイズは…魔法でアンリエッタに変化をした格好で必死に演じていた。
「姫様は何時見てもお美しいですな。まさに我らトリステインの女神。どうですか、今度一緒にお食事にでも……」
「そ、そうですわね。考えておきます」
(な、なんで私が姫様に変身してこんな役やらないといけないのよ!!サイト……後で見てなさいよ!!)


ルイズの心の叫びが何処からか聞こえた気がしたサイトは背筋に寒気を覚え震えはそれ以上は何も聞かずに取り合えずに納得しておいた。
後がもの凄く怖いのだが知らない方が幸せな事もあるのだと思って欲しい。
「分かりました。でもここには何をしに来たんです?ここには俺しかいませんよ」
「ええ知ってます。帰ってしまったサイトさんに会いに来たんですから」
「……」
分かり切ってはいた事だったが聞かずにはいられなかった。
「俺に会ってどうするんですか?姫様を祝ってくれる人はあんなに居るんですよ。俺がいなくても……」
「あのパーティーは私の誕生を祝うものですが、実際は公務と変わりません。私は王女で他の貴族方はこのトリステインを統べる方々、酷い良い方をすればあれはただの談合と同じなんですよ」
はっきりと断言する言葉にサイトは少しだけ意外な顔をする。
「そんな事言って良いんですか?王女がそんな発言したなんてばれたら大問題ですよ」
「そうですね……でも、ここには私とサイトさんしかいませんから」
「……俺には聞かれても良いんですか?」
「はい」
迷いなく真摯な目を向けて頷くアンリエッタにサイトは戸惑う。
「なんで、そこまで俺を過大評価するんです?俺はただの平民でルイズの使い魔ですよ。そこら辺に居る貴族より下賤で穴ぐら物の存在らしいですからね」
投げ捨てるように話す言葉。
やさぐれてるように見える言葉だがこの全ては、貴族達に散々言われ続けた言葉だ。
認められないと思いつつも長く耳にすれば嫌でもこうなってしまう。
もちろんアンリエッタはそんな事は思っていない事は知っているしサイトを平民ではなく一人の人間として見てくれている事は分かっておりそれはとても嬉しい事だ。
だけど、その事でアンリエッタに他の貴族から不満が出ている事は事実。
この世界ではそれは当たり前の事で、これはただのサイトの傲慢だ。
ルイズはああいう性格だからしょうがないにしても、アンリエッタに無理をさせる訳にもいかない。
「姫様もこれ以上俺といると良からぬ噂を立てられま……」
「サイトさん……」
「んっ!?」
突如感じた唇の感触にサイトの言葉は途切れる。
急な事で体が動かず、唇越しに感じるアンリエッタの吐息と温もりに思考がマヒする。
ゆっくりと離れ頬を染めてアンリエッタは恥ずかしそうに顔を俯く。
「ひ、姫様?……なんで」
「…好きだからじゃ駄目ですか?」
「え?」
「サイトさんの事を好きだから、信頼してるから、何かしてあげたいって思うのは迷惑ですか」
「姫…様?」
再び顔を上げ見上げるアンリエッタの表情は頬を赤く染め上げ潤んだ瞳で一心に見つめて来ていた。
その輝きは純粋無垢でまっすぐに相手を思う心そのもの。
サイトの心に届けるには十分すぎる威力だった。
(ひ、姫様が俺の事を……?そんな事ある訳……でも夢じゃないよな、これ。現実だよな)
先程感じたキスも囁かれた愛の言葉もそして今感じるアンリエッタの温もりも夢のように儚い。だけど確実にサイトの心を満たしていく。
「今日は、サイトさんに喜んで欲しくてパーティーに呼んだんです。他の方は一人の女性として祝ってはくれない、だけど貴方ならトリステインの王女としてではなくアンリエッタとして見てくれる。そう思ったから……初めて殿方に招待状を送ったんですよ」
「姫……」
「…こう言う場合は、名前で呼ぶものではないんですか?」
(うっ。そうだけど、名前を呼ぶと歯止めが………)
「サイトさん……一緒に城へ戻りましょう」
懇願するアンリエッタにサイトは視線を逸らす。
今更戻って何があると言うのだろうか……参加している貴族の反感を買うだけだ。
「だけど、もう着替えてしまいましたし……俺は、根っからの凡人ですから」
「そんなの関係ないです。サイトさんはそのままでも十分素敵ですから、それにサイトさんは誰よりも気高く立派ですわ」
「うっ………」
真顔でドスライクの言葉で褒められ逆に反論できない。
「ケケ、相棒たじたじだな」
「う、うるせぇーぞ、デルフ!!」
「お願いします……私の事を少しでも思って下さるなら。サイトさんは私の事はお嫌いですか……?」
涙で潤む純粋な瞳で見つめられサイトは段々断れなくなっていく。
行く訳には行かないのにこんな顔をされるとどうにかしたくなってしまう。
「ああ、もう分かったよ!戻れば良いんだろう!!たくっ……どうなっても俺は知らないからな」
半分やけくそ気味にアンリエッタの手を握った。
乱暴な口調にアンリエッタは嫌な顔をせずむしろ好意的な視線を向けていた。
「はい、大丈夫です……何があっても私がサイトさんを守りますから」
(守るか……そんな事言われたら男の俺も何もしない訳にはいかないじゃないか……)
貴族は傲慢で卑屈でプライドが高い。
過去の経験からみてそれは塗り替えようのないハルケギニアの貴族の本質。
だが、平民のサイトでも出来る事はある。
あいつらの性根を、どうにかするにはサイト自身貴族達より優れている所を見せ付ければいい。
無用ないざこざを生む事になるだろうが、自らが手をとり思想を掲げなければ鼻が高い貴族共は誰も耳を貸そうとしないだろう。
少し乱暴だがやる事は決まっていた。
背中に背負う剣にかけて、アンリエッタのシュバリエとして、そして一人の大切な女性の傍に居る為に。
「戻ろうアンリエッタ」
「はい」

~End~



***後書き***
久々のゼロ魔のSSです。
なんか前もアンリエッタ書いてますね。
気にはしてなかったんですが……ま、アンリエッタは好きだから良いんですけどね。w
それにしてもサイトがもの凄く格好良くなってますな。
今回のSSは色々とやっちまった感があるけど気にしない事にします。
ぶっちゃけ主人公が格好良くてなんぼだと思ってるんでこれはこれでいいんだけど…原作のヘタレなサイトごめん!
出来たらシエスタ当たりもSSを書いてみたいけど何か思いつくかな~、これ以外でも結構没ってるし上手い所組みたいです。
シエスタだけまだ一個も書いてませんしね。




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