デビューして約半年。
如月千早と言う駆け出しのアイドルは確実に才能と言う実を熟して行った。
デビューシングルからオリコン連続トップ10入り。
数々の企業のCMや、番組のオファーなど。
彼女が出演した企画は100%ヒットするという変なジンクスでさえネット上では噂されていた。
そんな彼女に周りは天才や、金の卵など、アイドルになる為に生れた存在などと一部のファン層から囁かれている。
しかし実際は、類稀なる才能に惜しまぬ数多くの努力と拘りの賜物だと俺は知っている。
千早は俺の中で自慢のアイドルであり彼女と知り合えて事、プロデュース出来た事は最高の栄誉だと思う。
だけど、今日の千早は何処か何時もと違っているのが俺だけが気づいていた。

「お願いします。私の……」

舞台の役になりきり台詞を吐く。
「新人の割に凄いじゃないか、如月君は」
「ありがとうございます」
ドラマの初出演での数回目の収録の時。
監督が思わず呟いた言葉に俺は嬉しくて心の中で喜んだ。
任された役は子役でありながらも、その様は数回目の演技の割には様になっており出演者の中でも千早の演技の評判は良かった。
本人談によると、歌の表現への応用らしい。
何とも頼もしい限りだが……俺には気にかかる事があった。
千早と此処まで苦楽を共にしてきた俺だからこそ気づくほんの僅かな違和感。
何処がと言われると言葉にはするのは難しいが、今の千早は何処か無理をしている風に見えた。
仕事をする事で必死に何かを忘れる様に。
自分の中の何かを表に出さない様に必死にアイドルとしての自分を演じているように。
周りは気づいてないようだ。
俺の気のせいなら良いんだが……


「お疲れ様です」
「ああ、如月君。また明日も頼むよ」
「お疲れ様」
「お疲れー」
収録が終わり、監督や俳優に挨拶をしてスタジオを後に楽屋に戻った。
「プロデューサー。今日の仕事はこれで終わりですよね?」
「そうだな…明日は、収録の後にバラエティー番組の収録が一本あるけど」
「分かりました。それでは着替えますので、少しの間待っていて貰えますか」
「ああ」
部屋に備え付けてある衣装替えの個室に入る千早を見送る。
やっぱり…何処か可笑しい。
何時もの千早と何かが違うと俺の中の直感が叫んでいる。
「…なぁ、千早」
躊躇しながらも、個室のドア越しに声をかけた。
「何ですか?プロデューサー」
「俺の思いすごしなら良いんだが……何かあったのか?」
俺の言葉には返答が無く、少しの間沈黙が流れた。
そして、淡々とした口調で千早の声が聞こえてきた。
「……どうして、そう思うんですか?」
「いや、根拠はないんだけど……今日の千早は無理してる様な気がしてな」
「っ…………む、無理なんてしてませんよ」
口籠り言い淀み何かを隠しているのは明白だった。
何時もの千早なら、即答してる筈だ。
俺に言えないよう事なのだろうか…そう思うと少しだけ寂しく思えた。
しかし無理に聞くと言うのもなんだか気が引ける。
俺と千早はあくまでアイドルとプロデューサーの関係、仕事上のパートナーだ。
プライベートにまで踏み込み過ぎるのはやり過ぎだろう。
だけど、千早が何か悩みがあるならば何とかしてあげたい。
せめて、その気持ちだけは伝えたかった。

「そうか……何でも無いなら良いさ。でも、俺に出来る事なら遠慮なく頼ってくれても構わないからな。千早の為なら何でもするぞ。最もお金の関係は安月給の俺には無理だけどな、ははっ」
軽口を含めつつ呟いた本心。
少し歯が浮いてる台詞に聞こえるが、意固地な千早には少しぐらい直球の方が受け入れやすい。
この考えが出来る辺り彼女との関係の長さの賜物でもある。
冗談混じりなのは俺なりの照れ隠しだったが、しかし…

カツーン……

部屋の中から床に落ちた様な固い音が聞こえてきた。
「千早?」
返答もなく、中から微かに聞こえる声が気になり思わず部屋のドアノブに手が出るがここはスタジオの個室。
俺たち以外居る筈もなく、それは無用の心配だと気づき手を引いた。
「どうかしたのか千早?何か音が聞こえたけど……」
「……」
「千早?……」
何故か彼女からの返答が返って来ない。
もしかして……倒れたのか?
まさか…!?
「開けるぞ!千早!!」
一瞬嫌な光景が脳裡に浮かび、慌ててノブに手を差し伸べ回した。

「開けないでください!!」

「うぉ!?」
急に聞こえた声に驚き反射的に手を離す。
「千早無事なのか……?」
「うっ、く……だ、大丈夫ですから……っ、あ、開けないで……くださぃ」
嗚咽が混じって聞こえる声に俺は焦った。
「もしかして………泣いてるのか?」
「な、泣いてなんか無いです……撮影での演技の余韻が残ってるだけですから」
あまりにも苦しい言い訳。
確かに千早の演技力は目を見張るものがあるが、今の声はそんなものよりもっと感情的に聞こえる。
今すぐでも入りたいが千早に止められている以上無理に入る事は出来ない。
これ以上はプロデューサーとして千早の心に踏む込む事はしてはいけない。
それは分かってるけど、男して俺は放ってはおけなかった。
「千早……俺にも言えない事なのか」
「……ごめんなさい」
「何があったかは知らない。けどな、俺は……」
「だ、だから、本当に何でも無いんです。無用な心配はしないで……」

「そんな事出来る訳ないだろう!」

あくまでも虚勢を張る千早に憤りを感じ思わず大声を上げてしまう。
溢れる気持ちは留まらず、本音が漏れる。
「無用って何だよ。そんな言葉で俺が納得できると思ってるのか?たった半年の関係だけどの誰よりも俺は千早の事を見ているだぞ……」
「………」
「俺の気遣いが入らないと言うならせめて、俺の前で辛い顔はしないでくれ。そんな顔されたら千早のプロデューサーとして放っておける訳ないじゃないか……」
俺の本音、素直な気持ちを伝えた筈だった。
だけど…
「……貴方に何が分かるんですか?」
「え?」
感情的な俺とは対照的に無機質に何処か冷徹な声が返ってきた。
「プロデューサーの気遣いは嬉しいです。ですがアイドルのプライベートまで干渉するのが仕事なんですか。プロデューサーとしてだけでここまで聞くんですか。それだけなら……構わないでください。迷惑です」
あまりにも絶対的な拒絶の意志に俺は思わず口を噤む。
確かにプロデューサーとして千早の事は心配している。
隠していた事だが、それ以外にも特別な感情を俺は彼女に抱いている。
だが、それを口にする事は俺にとって……いや、千早にとって足かせになるかもしれない。
そう思うと、これ以上は口には出来ない。
だけど、今の彼女はプロデューサーとしての俺を拒んでる。
今の俺ではこれ以上踏み込めれない。
ならば踏み組むべき道は只一つ。
その言葉を伝えるのは簡単だがその意味するものは重くこのような状況で伝えるなど自分勝手だ。
最悪なタイミングでの告白など、全てを失う可能性があるかもしれない。
だけど、ここで選択しなければ彼女とはもう……
俺は……踏み込む事を決意した。

「違うプロデューサーとしてのだけじゃないんだ……」
「それじゃ、なんでそこまでするんですか………」
口の中が渇く、ずっと胸の奥に閉まっていた感情を出すのが今までオーディションで感じた事もないぐらい怖かった。
「す…好きなんだよ。千早の事が……誰よりも大切だから気になるんだ」
「っ!?」
「辛い顔をしてると、励ましたくなるし、悲しい事があったなら、なんとかしたくなる。俺だけには、本当の千早を見せて欲しんだ……」

担当アイドルにこんな劣情抱く事自体俺はプロデューサーとして失格だ。
こんな事世間にばれたらプロデューサーとして俺の人生は終わるだろう。
だけど、直向きで一途な彼女と居れば居るほど俺の心はかき乱され止まらない。
歌う時に見せる直向きな顔も。
嬉しい時に見せる笑顔も。
時折見せる憂いを帯びた表情も。
何時からこんな気持ちになったのかなんて知らない。
確実に言えるのは俺の中で如月千早と言う少女の存在がとてつもなく大きくなっている。
ただそれだけだった。

ガチャ…

機械的な音がしゆっくり開く扉からは着替えの途中なのか衣装の上着だけを脱いだ千早が立っていた。
俯き前髪に隠れた状態ではその表情は伺えない。
俺は目を逸らす事無く千早を見つめる。
ゆっくりと俺に近づき、目の間にまでやってきた。
そして……
「……本当に私の事が好きなんですか?」
「…ああ、好きだよ。誰よりも君を大切に思ってる」
「本当の私は凄く弱いんですよ?そんな惨めな姿見られたらもう……プロデューサー無しじゃ生きていけなくなります…それでも良いんですか」
「構わない。俺はずっと千早と一緒に居るから、絶対に離れないから、頼りないかもしれないけど俺だけには強がらず頼ってくれ」
その言葉と共に目の前の千早の頭を出来るだけ優しく撫でる。
触れあった瞬間、ビクッと震え彼女は恐る恐る顔を上げた。
目に涙を溜めながら、必死に笑おうとする彼女に俺は自分の気持ちを表すかのように笑顔で答えた。
すると、徐々に千早の笑顔が崩れ始め悲しみで歪んでくる。
「プロ…デュー……うわぁああああああああああぁああ!!」
叫びと共に俺の胸に飛び込んできた背中に腕を回し抱きとめる。
初めてみる涙と泣き声は、今までの悲しみを一心に伝えてくれる。
こんな小さな体で、ここまで我慢していたのか……千早。
俺に今できる事は、彼女が気が済むまで抱きしめ続ける事だけだった。

After one hour……

「熱いから気を付けろ」
「あ、ありがとうございます……」
今は俺の部屋に来て黒塗りのソファーに座る千早にココアを渡して俺は珈琲片手にその隣に座った。

流石に多くの人が行きかうスタジオ内であれだけの大騒ぎをしていた事が問題だった。
通りすがった数人の関係者に千早の悲鳴が聞こえ、何事かと思ったスタッフ達が部屋に飛び込んできた。
驚いた俺達は必死に誤魔化し半分逃げる様に衣装から着替えもままならないまま自宅に直行したのだった。

熱が冷めから改めて考えると、楽屋で話した内容がまるで嘘のように思える。
だけど、俺の隣に座る千早は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めてちらちらと熱っぽい視線を込めて何度も見ていた。
衣装も着替えそびれ普段は撮影時しか見れないアイドル衣装のままで、俺の部屋に居るこの状況が妙な感じだ。
そう考えると少し恥ずかしくなってきて、俺はそっぽを向きながら口を開いた。
「……少しは落ち着いたか?」
「あ、はい……すみません。お見苦しい姿を見せてしまって……」
「い、いや。それは気にしなくて良い」
沈黙。
衝撃の告白をしてから、会話も今までの様に弾まない。
そう言えば、千早に何があったか結局聞いてないよな。
ま…千早が元気になったなら無理に聞く必要もないか……
珈琲を一口、飲み込み苦味が広がり心を落ち着かせる。

「あの……プロデューサー?」
「何だ?」
「えっと……楽屋で話していた事、信じて良いんですよね?」
「楽屋?」
「私の事……好きだって」
「うぐっ!?ごほごほ!!」
楽屋での告白シーンを思い出した俺は思わず咽てしまう。
「ぷ、プロデューサー!?大丈夫ですか!」
「あ、ああ。大丈夫だ……あ」
咽る俺を気遣い背中をさする千早と至近距離で見つめ合う形になりお互いに顔を真っ赤に染まり慌てて離れる。
「ご、ごめんさない」
「い、いや。気にしないで良い……それと楽屋での事は全部、本気だから冗談や嘘で言ってないからな」
「そ、そうですか……」
耳まで真っ赤に染めて恥ずかしそうに俯く。
ちっ、可愛い反応をするじゃないか……
ドキドキと高鳴る鼓動をばれない様に出来るだけ平静を装うが俺の手は緊張でぶるぶると震えていた。
暫く俺達の間には沈黙が流れる。
それは決して居心地が悪いものではなく、まるで思春期の時に味わう様なむずかゆいような感じだった。

「……プロデューサー」
「おう」
今度は、動揺しない様に気を引き締め千早の言葉を待つ。
しかし今度の声色は何処か固い印象を受けた。
まるで、今日の仕事の時に感じた違和感に似ていた。
「プロデューサーは……私の家族の事は知っていますか?」
「…ま、少しはな」
詳しくは知らない。
プロデュースする上である程度は知っておかねばならない程度を社長から聞いた事があるだけだ。
家庭内暴力までは行ってないようだが、千早の夫婦中はあまり仲は良くないらしい。
「そうですか……私の両親は顔を合せば喧嘩ばかり。それをずっと見ていたからいっその事終われば良いのにって、思ってて………それで、先日両親の離婚が決まったんです」
「……そうか」
「あの時からこうなるって分かってたのに、ずっとこうなる事が一番良いだって当たり前なんだって思ってたのに、実際離婚の話を聞いた時……もう本当に私の家族は終わったんだって思ったら、私……うくっ」
淡い栗色の瞳に滴が溢れ頬を伝い流れた。
「期待を持つなんて…もうとっくに諦めた筈なんです。あの日には戻れないって…あの子が居なくなってから分かってはいたんです。だけど…」
まるで過去に犯した自らの罪を告白する囚人の様な悲痛な声。
今まで見た事が無い苦悶の表情。
見えない何かが千早にのしかかっているようだった。
溢れる感情は止まらず嘆き、懇願する。
あまりにも切実な思いは、俺の心に深く刺さる。
それでも必死に耐え悲しみを堪えようとする嘆き震える小さな存在を見て俺には力一杯抱きしめる事しか思いつかなかった。
「本当は私……きゃ!?ぷ、プロデューサー…?」
突然の行為に怪訝な顔で千早は俺を見つめていた。
「分かったから、無理するな……」
「…え」
千早ここには俺達以外誰も居ないから。悲しい時は泣いても良いんだ」
「はい、ありが…とう、ございます…あと少しだけ…うっ、お願い…します、うくぅあぁあああぁ…」
胸の中で涙する綺麗な蒼い髪を梳かす様に優しくなで、千早の気の済むまでそのままでいた。
どれだけ嘆いてもどれだけ否定しても千早の両親の関係は変わらないだろう。
口では強がっても、子が親を求めるのは可笑しい事じゃないんだ。
彼女の為なら何でも出来ると思っていたけど、俺にはどうする事も出来ない。
だけど、一つだけ叶えてやれる事はあった。
思いつめ少し力を強め過ぎたのか苦しそうな声が胸の中から聞こえてきた。
「あ、あの。プロデューサー…す、少し苦しいです」
「あ、ごめん……」
苦しそうにもがく千早に気づき慌てて離れた。
「ぐすっ…でも、抱きしめられるのはこんなに温かいんですね……知らなかったです」
泣き続けた性で赤くはれた瞳を擦りながら、先程の余韻を懐かしむように笑った。
こんな当たり前の行為でさえ親からされた事が無い物言いに俺はどんな顔をすればいいか分からなかった。
「もう、プロデューサー。そんな顔しないでください……もう過ぎた事ですから。………あのもう一度お願いして良いですか?」
「こんな事ぐらいならいくらでも良いぞ」
「ありがとうございます。今度は優しくお願いしますね…」
「ああ」
彼女からの囁かなお願いに俺は静かに頷き今度は壊れないように包み込むように優しく抱きしめた。
「温かいです…」
「そうか…ごめんな。千早の願いは…俺には両親の仲を取り持つ事なんて出来ない」
「……分かってます。これは私の我儘ですから」
「だけど……千早と一緒に居る事は出来るから」
心を決め、これからの誓いをたてる。
彼女とこれからも一緒に居られるように。
彼女が決して一人ではないと示すように。

「俺が千早の居場所になるから。だから……ずっと一緒に居よう」

~End~



***後書き***
千早のSSです。
両親の親の離婚を元にオリジナルの風にしてみました。
ランク的には千早はCかBぐらいかな?って思ってます。
デビュー半年で新人か?wと言う疑問が出そうだがそこら辺はノリと言う事でお願います。
しかしアイマスで話の要素が高いのは千早と美希ですよね。
普通に恋愛シュミレーション化しても感動出来そうですよね。w






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