この学校に転校して早一カ月。
親の仕事の影響で転校が多く、この学校にも何度目なのか分からない。
何時までここに居られるか分からないけど、それまで楽しくやっていければ良いと思う。
そしてクラスに慣れてきた頃、僕は一人の女性が気になっていた。
最初は偶然廊下ですれ違うだけ。
スカーフの色からして上級生なのが分かるぐらいで他は何も知らない。
見惚れるぐらい綺麗でまるで絹のように細い長髪を靡かせ花のような良い香りがする女性。
俗にいう一目ぼれと言うやつだった。

両親が共働きで自炊を自分でしないといけない僕は、学校帰りに近所のショッピングモールで買い物を済ませ家へと向かった。
その途中、駅前に差し掛かった頃人垣が気になり足を止める。
「何だろう…あれ?」
何かただならぬ雰囲気が出ている人垣に興味が出てゆっくりと近寄った。
ざわざわとざわめくギャラリーの隙間から渦中の原因を覗くとそこには一人の少女に対し柄の悪い男が二人口調を荒くして詰め寄っている光景が見えた。
「何だてめーは!」
「僕達を舐めてるとぶっ殺すぞ」
「煩いですわね!元はと言えば貴方達が悪いのでしょう、汚い手で触れないでくれません事」
何やら悶着を起こしているが、双方の会話だけでは何があったか良く分からない。
だけど、男達の憤った態度からしてこのままじゃ穏便にすみそうにないのは予測できた。
それにもう一つ。
詰め寄られている少女の来ている制服が僕の通っている学校と同じだ。
スカーフの色からして一年、上だと言う事は分かった。
ここからじゃ上手く顔が見れなくて誰かは知らないけど、少なくても僕の知ってる生徒じゃないようだ。
流石にこのまま見ているだけなんて事は出来ないだろう。
大凡誰かがしてるとは思うが一応携帯から警察に連絡をして、僕は傍観者に徹している周りの観衆を抜け少女に近寄った。
そして、我慢の限界に来た一人の男が少女に掴みかかろうと手を伸ばしたのと僕が間に入りその手を止めたのがほぼ同時だった。
「な、何だお前?」
「何があったか知りませんが、女性に対して大の男二人が手を上げるなんて少し大人げないんじゃないですか」
「…え」
後ろの少女は、突然の乱入者に気の抜けた声を上げた。
男の方は挑戦的な言い方に更に目くじらを立て怒りの矛先を僕に向けてきた。
「な、なんだと!!」
「喧嘩売ってんのか?あー」
柄の悪さと想像通りの何とも典型的な売り文句に思わず苦笑してしまう。
「何笑ってんだ、てめー!?」
「あ、いえ。あまりにも予想通りの反応だったので」
「こ、こいつ……!!」
握りこぶしを作り振り上げられた腕は綺麗な弧を描き僕の頬を鈍い音を響かせ強く打った。
痛みと衝撃で半歩足が下がるが耐えられない痛みじゃない。
苦痛を顔に出さないように男達に睨み返すと戸惑いの表情を向けていた。
こう言う輩は、相手を威圧し自分達が優位に立つ事で強いと思い高圧的な態度が取れる。
だから、たとて力が及ばなくても相手の態度に引かないように強い意志で対応すればどうにかなる事が多い。
そして、互いに睨みあう僕達の間に通報したパトカーのサイレンの音がタイミング良く聞こえてきた。
「おい!お前らそこで何をしている!!」
「あ、やべぇ!?警察だ!!」
「分かってる逃げるぞ!」
「あ、こら待て!!!」
警官の到着に柄の悪い男達は一目散に逃げてゆくのを、警官が男達の後を追った。
一応これで、安心だろう。
僕は肩の力を抜き安堵の息を吐き後ろの少女に振り向いた。
「大丈夫ですか先輩」
だけど、助けた少女の顔を見た瞬間体に電撃が走った。
この人ってまさか………
「どうしましたの?」
「え?あ、あの………その」
まさか、ずっと遠くで見ていた憧れの先輩が目の前に居て僕はまともに話す事が出来なかった。
頭に熱が上がり落ち着かない。
何度も深呼吸をして、どうにか気持ちを落ち着かせる。
「ごほん………えーと、何処も怪我とかはしてないですか?」
「怪我をしてるのは貴方の方ではなくて」
「え゛。あー………そ、そういえば、そうですね。あ、あははは」
冷静な突っ込みに空笑いしか浮かばない。
確かに口の中が少し切れているのか笑うだけで少し痛い。
少女……先輩の方は可笑しな僕の態度に訝しげな目で見つめるが、ゆっくりと表情が柔らかくなり笑い始めた。
「ふふっ。貴方、面白いですわね」
「そう…ですか?」
「ええ。それにとっても変ですわ」
僕が…変。
「悠香お穣さま!」
微妙な顔をする僕の耳に声が聞こえ顔を向けると黒服を着た男達数人が慌ててた様子でこちらに向かってきるのが分かった。
多分先輩の関係者だろう。
お嬢様って言われてたけど、言葉使い通り先輩はどっかの良い所のお穣様なのだろうか。
「じ、じゃ、僕はこれで帰りますね」
「え?ちょっと待ちなさい。せめて怪我の手当ぐらいは……」
「だ、大丈夫ですから、先輩も……その気を付けた方が良いですよ。何があったか知らないですけど、女の子があまり無茶するのは危ないですから」
「なっ!?」
僕の気遣いの言葉に、突然先輩の顔は真っ赤に染まった。
あれ?僕なんか変な事言ったか。
先輩の反応に不思議に思いながらも、僕は軽く解釈だけしてそそくさとその場を去った。
そして、折角話すきっかけが合ったのに名前を聞いてない事に気が付いたのは家に帰ってからだった。
僕の馬鹿…………

そして、次の日。
「痛っ……」
一応家に手当はしておいたのが、頬の痛みは確実に昨日より増していた。
ちょっと触れるだけで痛い程。
「おい、坂上。その頬どうしたんだよ」
「ん?これ……ちょっとね」
曖昧に答えるとクラスメイトの田中は興味深そうに更に追求してきた。
「お、気になる態度だな。何があったんだ。教えろよ~~」
「痛いって!?そんなにくっ付くな!」
しつこく聞いてくる田中だが僕はあまり口にはしたくなかった。
特に理由がある訳ではないけど、態々人に言うほどの事でもないだろうし………はぁー、もう一度先輩と会いたいな。
そう淡い期待を抱いてしまうがそれが無理な事は分かってる。
上学年に会いに行くほどの勇気もないし……溜息を洩らすとアナウンスが突然流れ何故か僕の名前が呼ばれたのだった。
「2-Cの坂上裕也君。至急、生徒会室に来なさい。繰り返す、2-Cの……」
僕の名前が呼ばれた事でクラス全員が僕の方を見てきた。
え?何だ皆の目が凄く哀れみを含んでる気がするが……何故?
先程まで、絡んできていた田中も僕から離れ同じ様な目を向けていた。
「坂上……お前」
「な、なんだよ。なんでそんな目を向けるの」
「知らないのか?生徒会室の噂」
「う、噂?」
「ああ。生徒会室に呼ばれた者はこの学校にはいられないって言うらしいぞ」
「な、なんだよそれ?そんな噂、眉つばものじゃないの」
「いや、そうでもないらしい。現生徒会長はなこの学校の理事長の娘らしくてな、大変厳しい人で、今まで呼ばれた者は皆あまりの恐怖で登校拒否に陥ってるとも聞いてるしな……お前何したんだよ」
「ぼ、僕が知る訳ないだろう?脅かさないでよ」
だけど、呼ばれている以上無視する訳にもいかない。
僕は心を決め生徒会室まで足を運んだ。
明らかな学校の中で異質な生徒会室と書かれたプレートが張ってある厳格な扉。
ゆっくりと深呼吸をしノックをする。
中から“入りなさい”と女性の声が聞こえ息を飲んで静かに中に入った。
「失礼します。坂上ですが、何か御用でしょう……か?」
扉を開け視線先に居た女性の顔を見て僕は見知った顔に別意味で固まってしまった。
僕の顔を見た瞬間女性がにっこりと笑みを浮かべていた。
「初めまして生徒会長の笹見沢悠香ですわ……いいえ、ここはお久しぶりって言うのかしら。昨日会いましたね」
「え、あー…はい。そうですね」
え、何で彼女がここに?
そう、疑問に思ってしまうが確かにこの学校の生徒であったし生徒会長だとしても可笑しくないないだろう。
特に僕はこの学校に来て日が浅いし………それでも何故ここに呼ばれた理由が分からなかった。
「えっと……生徒会長。僕は何で呼ばれたんでしょうか?」
「本当に理由は分かりませんの?」
何処か責めるような視線を向けられ自分なりに考えるがやはり答えは浮かばない。
「え?それは……すみません」
「ぷっ……ふふっ」
素直に謝ると、返ってきたのは可笑しそうに笑う生徒会長の声だった。
「せ、生徒会長?」
「本当貴方って、面白いですわ。純粋で素直でそれで……意地っ張りですわ」
「え、あ、あの……痛っ」
傍に寄られ、未だ痛む頬を触れられた僕は顔を顰める。
「昨日はああ言ってましたが本当は痛むのでしょう?無理をするからですわ」
「それは……」
「あれぐらいの男達なら私だけで処理は問題なく出来ましたのに……こんな怪我までして 、見も知らぬ私の為に何故あんな無茶をする殿方は初めてですわ」
生徒会長の態度、視線に否応でも僕の中である期待が浮かび心臓は徐々に速まる。
ま、まさか僕の事を……いや、そんな事はないだろう。
だって昨日会ったのが初めてだよ?
あり得ないから。
「あ、あの生徒会長……ちょっと近いです」
「近いって何がですか?」
「か、体がです」
「こういうのは嫌いですの?」
「い、嫌な訳じゃないですけど……生徒会長は凄く綺麗ですし」
率直な感想を述べると生徒会長は頬を赤らめた。
「ありがとう。貴方に言われると素直に嬉しいですわ」
「生徒……」
「こう言う場合は、名前で呼ぶのがセオリーではなくて」
「え?…悠香先輩ですか」
言われた通りに名前を呼ぶと嬉しそうに目を細め、痛む頬を労わるように撫でられゆっくりと顔が近づくいてきた。
そのまま導かれるように重なる唇。
ま、まさか…キス?
先程からの予想外の展開に戸惑いを隠せない。
「せ、先輩…?」
「昨日の御礼ですわ……あと、先程聞かれた答え。貴方をここに呼んだ理由は、もう一度会いたかったからですわ」
「ぼ、僕に?」
「ええ。何時も私に言いよるような男はみんな下心ありで、貴方ような純粋な殿方は初めてでしたから……一目ぼれと言うものですわ」
突然の告白。
先輩の気持ちはうれしいのは確かだが、本当に僕で良いのか迷っていた。
「私からも一つ質問がありますわ。何故あの時助けてきたんです」
先輩の真っ直ぐ見つめる瞳に僕は言うべきか戸惑う。
彼女と僕とじゃ身分は違い過ぎるから。
「言わなきゃ駄目ですか?」
「ええ。是非、教えて欲しいですわ」
戸惑いながらも僕は決心をし自分の気持ちを口にした。
「その……先輩が憧れだったんです。転校してまだそんなに経ってないけど、一目見た時から綺麗な人だなーって思って話がしたくてそれで……先輩が困ってたから」
好きと言うよりは憧れ。
それ以上の気持ちはまだ良く分からない。
ただ、先輩と話すきっかけが欲しかった。
それだけだった。
曖昧な返答に先輩の機嫌を損ってしまうかと思ったけど、予想とは裏腹に先輩は嬉しそうに微笑んでいた。
「素直で宜しい。やっぱり私の目に狂いはなかったですわ」
「先輩?」
「貴方には借りがありますし、私も貴方の事は興味ありますから……そうですわね、これからは生徒会に入り私の傍にいなさい。良いですわね」
「え?」

先輩のこの言葉が意味する所を僕は良く理解してなかった。
この日から僕の一日はめまぐるしく変化するのだが……それはまた別の話だ。

~End~







inserted by FC2 system