学校での3年のクラスでは二クラス女子合同の調理実習が行われていた。
今日の課題は二人一組になりお菓子作りだった。
既に授業開始から時間は経っており家庭科室には、甘い匂いが立ち込めていた。
お菓子が完成した女子は自然に集まり、ざわざわと騒ぎ浮足たっている。
それもその筈、せっかく作ったお菓子を誰に食べさせるかで盛り上がっていたのだから。
『彼氏に食べさせるの』とか、『気になる男子にあげるわ』とか、『お兄ちゃんにあげようかな』とか色々な会話が聞こえてくる。
いや、最後のはどうなんだ?・・・・・・
ほとんどの組が完成していたけど、ただ一組だけまだ完成がしていなかった。
その一組は輪から少し離れた所で一人の女子がオーブンのタイマーと睨めっこしていた。
その傍らで彼女を見守るように佇む女子も一人。
タイマーを食いる様に見ているのが現生徒会長の久寿川ささら成績優秀で去年まで一人で生徒会を切り盛りしていた異歴をもっている、そしてささらの傍で見守っているが頭脳明晰才色兼備の向坂環だ。
二人とも腰にかかるほど長く綺麗な髪をしており、ただそこに立っているだけでもかなりの存在感があった。
そして、タイマーの時間が0になりアラームが鳴るとささらはオーブンからゆっくりと、出来たてのお菓子を出す。
その瞬間出来たての良い匂いが香よってきた。
「・・・・・・出来た。」
ささらは、一瞬満足そうに微笑むがその顔はすぐに沈んでしまう。
その気持ちは分らなくはない。
オーブンのプレートには、ささらと一緒に環の作ったクッキーも一緒に焼いてあったのだから。
その出来映えの差は、初心者から見ても明らかだった。
例えるなら、ささらが親に教えられながら作った子供の出来映え、そして環はお店に置いてあっても可笑しくないぐらいの出来映え。
例え、今回が初めてお菓子という物を作るささらでなくてもこの現実を目の当たりにすれば落ち込むだろう。
落ち込み気味のささらに環は慰めるように優しくささらの肩を叩く。
「そんなに、落ち込まないで。久寿川さんは今日初めて作ったのでしょ。それでこれだけできれば上出来よ。」
「向坂さん・・・・・。でも、折角向坂さんに教えてもらってたのにこんな出来なんて・・・・・・・きっと見せたら笑われてしまうわ。」
泣きそうになるささらに、環はニッコリと微笑む。
「大丈夫。あの子はそんな事絶対しないから。それに、愛情たっぷりで作ったんだもの。きっと喜んでくれるわよ。」
「そう・・・・・・かな?」
「ええ。だから貴方も勇気を出して、渡さないとね。・・・・食べてもらいたいんでしょう?」
「・・・・・・うん。」
ささらはコクコクと頷く。
その顔は、頬がピンク色になっておりまさに恋する乙女の表情だった。
女の環からしても、そのささらの顔はとびっきり可愛く見えていた。
ささら達も、最後のラッピングまで終わった所で先生の声が教室に響いた。
「はい。みんなさん話はそれ位にしてそろそろ、席に戻りなさーい。・・・・良いですか今回の授業の事で気がついたことなど、このプリントに記入して今度の授業までには提出する事。良いですねー。」
先生からの指示で、席の先頭の生徒が自分の後ろに続く人の分のプリントを掴み配っていく。
だけど、ささらは先生の声など聞こえておらず全く別の事を考えていた。
(・・・・・・貴明さん。喜んでくれるかしら。)
手に抱えているクッキ−を胸に抱きながら、ささらはその事で頭が一杯らしかった。
しかし、結局勇気が持てず渡せないままずるずる時間が過ぎてしまい、何時もの生徒会の仕事の時間になったのだった。
(はぁー・・・・私って、情けないわ・・・・・・・)
心の中で溜息を吐くささらは、今度こそはと思いを馳せて生徒会に向かった。






そして、放課後。いつもの日常になりつつある、生徒会室での役員の仕事を4人は黙々とやっていた。
今日は何時にも増して、大忙しだった。
部屋の中には、窓際を背にして置いてある机にささら、その机に並べる様に置かれている右の机に環、その反対側の机に貴明、雄二が座っておりそれぞれの作業をしていた。
「久寿川さん、これで最後よ。今日の作業は終わりで良いかしら?」
「そうですね・・・・・・はい、大丈夫です。」
タマ姉から受け取った書類にささらは目を通しOKを出す。
貴明達も、自分の分の書類もささらに渡しに行く。
「こっちも終わったよ、ささら。」
「はい、ありがとうございます貴明さん。みなさん、お疲れ様です。」
久寿川先輩からの労いの言葉に俺と雄二安堵し、ぐっと背伸びをして仕事の終わった開放感を感じていた。
実は、今日はこのみが家で外せない用事があるとの事で先に帰ってしまい一人分多い作業を俺達が補って働いていた。
その分、仕事の量が増えて俺と雄二は少しばかり疲れていた。
雄二はブツブツと文句を言っていたが、いつも環とささらは貴明達の倍の作業量をやっているので面と向かってやりたくないとは言えなかったみたいだ。
最も言えても、環相手じゃ無意味だろうが。

「ふうー、やっと帰れるか・・・・・な、貴明。今日、帰りに久々にゲーセンでも寄っていかないか?新しいアーケードが入ってんだよ。」
帰り仕度をしながら、雄二は貴明に聞いてきた。
機械関係を嫌う環の耳に入らないように貴明の耳元で囁くように話しながら。
聞かれていたらきっとアイアンクローの餌食になってたに違いない。
「・・・キモイから、耳元で囁くなよ雄二。」
「キモイとか言うなよ!と、・・・・・それにしょうがねーだろ、姉貴に聞かれでもしたら、行けないのは目に見えてるしよ。」
ま・・・その気持ちは分らんでもないが。
環ならたとえ小声で話していたとしてもこんな狭い部屋じゃ、きっと筒抜けだろうし。
まさに地獄耳。
「で、どうなんだよ・・・・」
「そうだな・・・・・・」
そう言われてささらの方に目を向けるとなにやら環と話をしている様子だった。
環からは『渡したの?』とか、『駄目じゃない!』とか言っているのが聞こえてきた。
一体なんの話をしているんだか・・・・・・
「貴明行こうぜ。こんな時間じゃ他の奴なんて捕まらないしな。な、たまには友情も持ってくれよ。・・・・・俺も、寂しいんだよ〜〜〜!」
「だぁー分った分ったから、抱きつくな!!!」
しまいには、抱きついてくる雄二を剥がしながら、貴明は仕方無く雄二に付き合う事にした。
なんか生徒会に入ってから雄二の精神が情緒不安定になってる気がする。
普段からタマ姉から、タマ姉には痛い目に合わされてる(自業自得とも言うが)し、色々思う事もあるんだろう・・・・・しかし、環もそうだが、ささらもどうやって納得させようか貴明の悩みどころだった。
しかしこれだけ、騒いでいればばれるない訳はなくて。

「あら、雄二。タカ坊と何こそこそ話しているのかしら?」

ほら、来た。
よもや聞かれてはいないと思っていたのか、環から声に雄二は面白いぐらいにビクッと反応する。
「あ、いや。な、何でもねぇーよ。たまには親友との友情も確かめようと、遊びに誘ってるだけだって。」
明らかに挙動不審な態度の雄二に環は、スッと目を細めて雄二を睨む。
まるでその目は全てを見透かしてるかのようだった。いや、環なら見透かしているだろう。(確実に)
「ふ〜ん、友情・・・・・ね。なら、私もそれに付き合おうかしら。」
「うぇ!?そ、それは・・・・・」
「何、その反応?もしかして私が付いて行っちゃまずいのかしら・・・・・・雄二。」
「そ、そんな事はねぇーけど・・・・」
雄二はまるで蛇に睨まれた蛙的な状態で微妙に震えていたが、何とか勇気を奮い立たせ怯む事無くあれやこれやと環に言い分を話しているが、何一つとして環を納得させていないのは一目瞭然だった。
雄二は救いを求める様に、貴明に視線を送る。
(しょうがないな・・・・・)
そう思い立って、雄二に助け舟をだそうと睨みあって(睨まれて?)いる二人の間に入ろうとする。

「た、貴明さん!!」

と、したのだが二人に話しかけようとした所で突然ささらに大声で呼ばれてしまい、貴明は言葉をかける前に止まってしまう。
あまりに大きな声だったのか、環も雄二もささらの方に向いている。
「な、何。ささら。」
「えっと・・・・・その・・・・あの・・・・」
貴明がそう聞くと久寿川さんは口籠もった
皆の注目を浴びているせいで、余計に恥ずかしくなってきたのか顔が赤くなり何かを絞り出すように口をパクパクしていた。
だけど、『あの・・・』や『その・・・』と曖昧な言葉が出てくるだけで肝心の台詞が出て来ない。
(どうしたんだ、ささら。何時もと様子が違うような・・・・・・)
落ち着きなく、視線を動かしたり、指先で髪を弄ったり。
何故か貴明の後ろにいる環は含みのある笑顔をしており、ささらに『がんばって』っと励ましているかのようだった。
それで少し勇気が持てたのか、ささらの表情が少しだけ安堵する。

「じゃ、タカ坊私達は先に帰るわね。」
「え、あ、おい。姉貴俺も帰るのか!?」
「どうやら、久寿川さんはタカ坊に用事があるみたいだしね。」
「俺は、貴明に用が・・・・って襟首を持つなって!ぐほぉ!?く、苦しい・・・・」
「いいから帰るわよ!!今日は特別に、タカ坊と行こうとした所にお姉ちゃんがつきあってあげるから。感謝しなさい。」
「え?そ、それは、それで良くな・・・・」
「それじゃあね、タカ坊。久寿川さんも頑張ってね♪」
ささらと貴明に、ウインクをして雄二を引きずりながら環は去っていった。
貴明は訳が分らない顔をしていた。


環と雄二がいなくなり、生徒会室で二人っきりになった。
「貴明さんに渡したいものがあって・・・・・・・・これ。」
「俺に?」
ささらは自分のカバンから、恐る恐るピンクのリボンでラッピングされた袋を出した。
手に取ると、かすかに硬い感触と袋の中から香ってくるであろう甘い匂いが感じとれた。
袋を開けると、中には形が少し歪だけどクッキーが入っていた。
少し焦げてる部分もあったけど、美味しそうな匂いだった。
「あの・・・今日、家庭科の授業で調理実習があって・・・その、クッキーを作ったんだけど、わ、私初めてだから全然上手くできなくて・・・・・だから、本当はあなたにあげたかったんだけど、きっとこんなクッキーじゃいらないと思うから渡せなくて・・・・・・・・・・」
ささらの、口からは文脈的な言葉しか出てこなったかが自分の為に一生懸命作ってくれた事だけは、貴明はちゃんと感じていた。
(ささらが、俺の為に?・・・・・・)
勿論、女性からお菓子を貰うのは初めてじゃないけど、貴明の胸は喜びで打ち震えていた。
ささらはさっきから懸命に説明をしており、話している内に思考が段々消極的になってきたのか徐々に涙目になってきていた。
「ささら。」
「は、はい。」
貴明の声にささらは敏感に反応する。
怒られるっと思っているのかぎゅっと目を閉じているささらを貴明は、ゆっくりと優しく胸に抱く。
「ありがとう。ささら、すごく嬉しいよ。」
「た、貴明・・・・さん?」
「俺の為に頑張ってくれたんだよね。」
「うん・・・・・頑張った。でも・・・・・・失敗しちゃったし・・・・ごめんね。」
悲しそうな表情をするささら。まるで、物を壊して親に怒られないかと怯えている子供の様な雰囲気だった。だが、貴明は・・・・
(か、可愛い・・・・・・)
不謹慎だけど、そんないじけた表情のささらにさえ、ときめく貴明はそれだけどっぷりささらにハマっている証拠だろう。
「そんな事ないよ。香りも良いし形は歪だけど・・・・・・パクっ。」
「あ・・・」
「味も悪くないよ。ほら、ささらも。」
袋から一枚クッキーを出して、ささらに差し出す。
ささらは、貴明とクッキーを交互に見ていてそして、小さな口を精一杯大きく開けて口に付けた。
「・・・・・甘い。」
少し焦げてる所が苦く感じるけど、それでも口の中には程良い甘さが広がっていた。
貴明をを見つめると、ささらの感想に自分の事のように嬉しそうに微笑んでいた。
そんな貴明に、ささらも嬉しくなり自分もお返しと言った感じで、袋から一枚クッキーを差し出して貴明に差し出す。
「貴明さんも、お返しです。」
「お、お返し?」
「あーんして下さい。」
貴明は流石に恥ずかして直には動けなかったが、 じっと見つめるささらの顔に根負けして気持ちに素直に答えた。
「・・・・あ、あーん。」
「美味しい。」
「うん、美味しいよ。・・・・次は、ささらだよ。」
「・・・・うん。」
それから二人は、寄り添うように床に座り込み互いにクッキーを差し出して、食べさせあう。
二人の間にはクッキーよりも甘い時間が漂っていた。

そして、とうとう最後の一枚になる。
先程は、貴明が食べさせたから今度はささらの番である。
だけど、ささらは一向に最後の一枚を貴明に差し出そうとはしなかった。
「どうしたの、ささら?」
「・・・・・」
無言で返すささらだけど、貴明自身でもささらの考えてる事は分っていた。
これが最後の一枚という事はこの甘い時間は、この一枚で終わりという事だ。
ささらは、これで終わってしまうのが名残惜しんでるのだ。
もちろん貴明にもこの甘美な一時は恥ずかしかったけど、嬉しさもあった。だから、その気持ちは痛い程分る。
だから・・・貴明は、ささらに対してご褒美をあげる事にした。
「ささら、最後の一枚くれないかな?」
「・・・・・・やだ。」
案の定寂しそうに断るがささらのこの行動は予想の範囲だ。だからこそのご褒美なのだ。
「ちゃんと出来たらご褒美あげるよ。」
「ご褒美・・・・」
最初は断っていたささらだけど、ご褒美という言葉に惹かれているようだ。
更に、餌をちらつかせる貴明。
「うん、こんな美味しい物くれた事と、今日頑張ってくれたご褒美。・・・・欲しくない?」
「・・・欲しい。」
「じゃ、頂戴。」
貴明は口を開けて待つ。ささらからは、戸惑いの雰囲気が伝わってくるが、恐る恐る貴明の口へゆっくり持って行き口の中へ入れた。
「もぐっ・・・・うん、ありがとうささら。ご褒美だよ。」
「え・・・ん!?」
口にクッキーが入ったままで、ささらを引き寄せてキスをする。
ただ口を合わせるだけではなく、口の中にあるクッキーも一緒になって舌を絡める。
ささらも、いきなりの事で戸惑っていたが段々目がトローンとなっていき自らも舌を絡めるようになった。
既に二人の口の間に何度も行き来しているクッキーは二人の唾液に塗れてフニャフニャになっていた。
ゆっくり口を離すと、ささらはもっと欲しいそうな顔をしていた。
そんなささらに、口元を緩める貴明。
(本当に可愛いな、ささらは。)
愛しい人の髪を優しく指で梳きながら話す。
「折角の最後のクッキー、崩れちゃったね。」
「うん・・・・・」
「でも、ささらはこっちの食べ方の方が美味しかったのかな?初めからすれば良かったかな。」
まだ先程のキスの余韻で、惚けているささらについ意地悪な質問をしてしまう。
ささらは無意識に『うん・・・・』と答えてしまうが、直に自分の言葉に気づきボッと顔が赤くなった。
「そ、それはだって貴方とのキスだったし、それに美味しいって言ってくれたから・・・その・・・・」
焦るささらは自分が何を言ってるかは理解はしてないだろう。だけど貴明はそんな彼女でも可愛くて愛おしくて気持ちが溢れて我慢が出来ずに、ささらを更に強く胸に中に抱いた。
「ささらは、可愛いすぎ。」
「え、あ・・・た、貴明さん!?」
「・・・ささら。本当はご褒美、キスだけにしたかったけど・・・・・・その先も良いかな?」
貴明の言葉の意味が分ったのかささらは、益々顔を赤くしてしまう。
「そ、それって・・・でも・・ここじゃ、何時人が来るか・・・・・・分らないわ。せめて貴明さんの家で・・・・・・」
「大丈夫だよ。タマ姉達は帰ったし、他の人なんて好きこのんで生徒会何か来ないよ。それに、我慢出来ない。・・・・ダメかな?」
まるで、ささらへのご褒美が貴明へのご褒美に刷り変わってるような気がするが、ささらも貴明のお願いに満更でもない様子だった。
何の事はない貴明もささらにベタ惚れしているように、ささらも貴明にベタ惚れしているのだ。
そんな彼からのお願いを断るなんてささらには出来る筈もなかった。
それにささらも・・・・・・・・・
「・・・・うん、貴明さんがしたいなら、私も構わないわ。それに・・・・・・・・私も貴明さんに抱かれるのは好きだから。」
「ありがとう、ささら。好きだよ・・・・」
「うん私も、あ・・・・・・好き、大好きなの。」
二人は誰もいない、夕暮れの教室で体を重ねる。
お互いの気持ちを確かめる様に何度も。
二人だけの甘い時は、まだまだ続くだろう。
二人が好き合っている限り、この先もずっと・・・・・・・・






そして、次の日の放課後。
今日は昨日いなかった、このみも居てそれぞれの分担をしていた。・・・・一人を除いて。
「昨日はごめんね〜。ユウ君、タカ君。」
「別に気にすんなよ、このみ。困った時はお互い様だろう。それに春夏さんからの、要請じゃ仕方無いって。」
このみの頭にポンと手を乗せて撫でる。
このみは擽ったそうに目を細める。
まるで犬のようなこのみであった。
「ね、タカ君・・・・何で、ユウ君は机にうつ伏してるの?」
「さー・・・俺に聞かれても。タマ姉何か知ってる?」
そうなのだ、雄二はさっきから生徒会の自分の分の仕事も手つかずでずっと何かをブツブツ言いながらうつ伏していた。
一体何があったんだか・・・・・・・・
そう言って貴明は環の方に目をやると、目を細めてニヤリと微笑んでいた。

怖ぁ!

「さぁー・・私は知らないわ。きっと低俗な自分を悔い改めているんでしょう。ましてや、タカ坊にあんな物をやらせようなんて・・・・・・うふふふふっ・・・」
不気味に笑う環に貴明とこのみは、震えていた。きっと環のバックに死神を見ていたせいだろう。
雄二には悪いと思っていたが、二人はそれ以上聞かない方が身の為と分っていた。
このみは、雰囲気を変える様に別の話をするのだが。
「そ、それにしても今日の生徒会室なんか変な匂いが立ち込めてるね。」

『えっ!?』

このみの無邪気な物言いに見事にハモって固まるカップル二人。
(え、変な匂い。ま、まさか・・・・・あの時の匂いが・・・・いや、でも半日は経ってるし朝来て換気もしたんだけど・・・・・・・)
クンクンと匂いを嗅いでみるけど、貴明にはまるで分らなかった。
ささらに目を向けると、ささらも『分らない』と顔を赤くしながらも首を振る。
まさにこのみの嗅覚の成せる技だろうか・・・・・本当に犬チックですな、このみ。
だけど、異常な感覚を持ち合わせている人物はこのみだけじゃなかったり。
「そうね・・・・確かに何時もの、部屋の匂いじゃないわね。まるで・・・・・・・・情事、でもしたかの様ね。」

ドキッ!!

「何、タマお姉ちゃん情事って?」
明らかに『情事』と言う言葉を強調する環の物言いに、貴明とささらは顔が真っ赤になって視線を逸らす。そんな俺達の反応で確信を持てたのか環は意地悪そうに笑い、純粋なこのみだけは呑気な顔で環に意味を聞いていた。
「駄目よ、二人とも。あの匂いは簡単には、消えないんだから時と場所は選ばないとね。」

『はい。すみません・・・・・』

貴明とささらは二人揃ってそう返事をするしか出来なかった。
針の筵とはまさにこの事か。あれ、穴が有ったら入りたいだっけ。
「ねぇーなに、情事って。教えてよー。このみだけ仲間外れなんてずるい〜〜〜〜。」
「あ、あはははははは。・・・・・・はぁー」
無邪気なこのみの声を、聞きながら貴明は笑うしか出来なかった。
甘い時も良いけど、時と場所を選ばないとこんな事になると貴明は身を染みて感じた。
まさに、幸と辛は一文字しか違わないとは良く言ったもんだね、うん。
貴明の甘い記憶は、ほろ苦い思い出とともに去って行くのであった。
まるで昨日のクッキーのような味わいで。








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