「そう言えば、明日の仕事は無いけど千早は何かするのか?」
TV出演への収録も終わり、千早の自宅へと車で送ってゆく途中でそれとなく聞いてみた。
多忙の今では奇跡と言える久々のOFF。
随分昔に同じ事を聞いた様な気がするが、まさかな……
「はい。もちろん、歌の練習をしようと思ってます。休みの日ならではの普段出来ない事が出来ますから」
て、やっぱり変わってないよ!?この娘は。
「はぁー……あのな、いい加減休みの日ぐらい息抜きしてくれないか」
「うっ……でも歌の練習は日々の鍛錬が大切ですよ?」
あまりの落胆ぶりを気にしたのか千早は少し言葉を濁しながら答えた。
「それは分かってる。だけどな、歌の練習はレッスンでしてる訳だし仕事の切り替えが出来るのもプロの内だぞ。休める時に休んでおかないと次は何時休めるか未定なんだ」
「ですが……」
「前にも言っただろう?オフの日は別の事をして気分転換しろって。歌の事ばかり考えてると疲れるだろう?」
少し説教じみた台詞に今度は千早が落ち込んでしまった。
「…私だってプロデューサーに言われてから色々試したんです。だけど、部屋に一人でいるとどうしても歌の事ばかり頭に浮かんで気が付いたら結局………ごめんなさい」
あ、やば…少し言いすぎたか。
顔を伏せ哀愁を漂わせる千早に流石に罪悪感が浮かぶ。
「あー……ごめん。別に責めてる訳じゃないんだ。ただな、千早にはもっと色んな事を楽しい事を知って欲しいだけなんだよ」
「はい、分かってます。プロデューサーは私の事を気遣って仰ってくださってるのはちゃんと伝わってますから」
全幅の信頼を寄せるような、優しい笑みに俺は安心した。
しかし、どうするか……前に事務所で聞いた時は突然だったから珈琲を入れてもらう事しか出来なかったが今回は……よし、仕事も一段落はついてるし明日一日ぐらいなら何とかなるだろう。
駄目もとで誘ってみるか。

「それなら…明日は俺と一緒にドライブに行かないか?」
「え?ドライブって……プロデューサーは明日、出勤じゃ…」
「明日は有給取るから大丈夫だ。だから、デートをしよう。デート」
「でっ!?」
唐突のデートの誘いに千早は真っ赤に顔を染め上げた。
地上に上げられた魚のように口をパクパクと動かしているが何とも滑稽だった。
「そ、そんな勝手な理由で仕事を休んで良いんですか?」
「勝手じゃないだろう。千早に有意義な休日を教える為なんだから」
「ですが……」
「良いから、千早はお出かけの準備をして待っていてくれ。家まで迎えに行くから」
半分強引に約束を取り付ける。
このまま、千早一人にさせると結局歌の事しかしなくなるだろうし多少の無茶は承知の上。
誘いの返事がないまま、千早のマンションへと着き車を止めた。
「よし、着いた。それじゃ明日な」
「えっと、あの……」
未だ動揺しているのか、忙しなく視線を動かし車から降りようとしない。
なんだ、妙に渋るな。
「もしかして千早は、俺と一緒に出かけるのは嫌か?それなら、遠慮しなくてもはっきり断ってもいいぞ」

「だ、駄目なんてないです!絶対!!」
「うほぉあ!?」

余りの迫力に俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
千早は頬を真っ赤に染めながらも、鬼気迫る顔で俺に詰め寄ってきた。
「ぷ、プロデューサーと一緒で嫌だなんて思った事は一度もないですから。ただ、で、デートなんてした事が無くて、何をしたらいいか分からないし、だから……」
必死に弁解する何時ものクールな千早からは考えずらい慌てように笑ってしまった。
「あ、プロデューサー!笑うなんて酷いです」
「ご、ごめん。慌てる千早が可愛くてな、ついな」
「そんなお世辞………あ」
お世辞なんかじゃないんだけどな。
複雑な顔をする千早を落ち着かせるように頭に軽く手を置きもう一度誘ってみる。
「ま、何はともかく……一緒に出かけるのは良いんだよな?」
「う~……はい」
渋りながらも、今度はゆっくりと頷いた。
「そうか。じゃ、明日は9時には来るようにするからそれまで支度をしておいてくれ」
「わ、分かりました……」
何処か放心したようなふらふらと車を降りる様が少しだけ危なっかしい。
「おいおい。大丈夫か?足元ふらついてるぞ」
「ぷ、プロデューサが変な事言うからですよ!」
「変って……」
「それと、明日はデートじゃないですから。ただの遊びに行くだけです。そ、そこの所は勘違いしないで下さいね!」
まるで悪役の捨て台詞のように吐き捨てマンションに入っていく千早の後ろ姿を見送った。
デートと言うのを意識してるであろう反応が何とも初々しい反応で見ていて楽しい。
しかし、冗談半分で誘ってみたが、本当にOKが出るとはな。
千早にはばれないように虚勢を張ったが手にはかなりの汗が出ていた。
しかし、半分が冗談ならば残りの半分は本心。
事務所まで戻るのも待ち遠しい俺は携帯を取り出し早速事務所へと繋げた。
「あ、小鳥さんですか。俺です。実は、明日なんですが…」

しかし、何処へ出かけるか問題だな。
趣味と趣味が無い千早では場所を選ぶのも難しい。
何処か良い所は……あ、そう言えばあの時……

次の日……

今の時刻は、8時45分。少し早く着いてしまったようだ。
千早を送った後、事務所へ戻るなり小鳥さんにあれやこれやと詮索されたが適当に受け流し残りの仕事をちゃっちゃと片付けデート場所への目星をつけるべく自宅へ直行。
遅くまでネットで調べていた為、今日は4時間しか寝ていないせいで結構眠い。
寝付けなかったのはそれだけの理由でも無く俺自身も久々の異性とのデートに興奮していたせいかもしれない。
いや、それよりも相手が千早だったからかも。

「ふぁ~~」
大きな欠伸が出る。
マンションの前に車を止めフロントに腰かけながら眠気覚ましの缶コーヒーを飲み待ち人を待つ。
温かい日差しと澄んだそよ風。今日は絶好のお出かけ日和だろう。
腕時計を見るとあれから大体10分ぐらい経っていた。
メールはさっき送ったからあともう少しで来るだろう。
しかし、デートか……我ながらこの年でよく恥ずかしげもなくすらりと口に出たものである。
今の仕事に就いた以降、まともに遊びに行った事などほとんどなく更には女の子と一緒なんて学生の頃以来だ。
しかも、相手は自分の担当アイドル…考えなしで誘った手前プロデューサーがアイドルとデートなど流石に事務所には言えず何も伝えてはいない。
あくまで今日は、個人的都合での休暇だ。
社長や小鳥さんには悪いと思いつつも…

「………ははっ」

気が緩むとつい嬉しさで笑みがこみ上げてしまう。
如月千早と言う存在はもはや日本を代表するトップアイドルの一人。
そんな超有名なアイドルとデートができるなど男としてはこの上ない幸福だろう。
妙な優越感を感じて妄想にふけっている俺は自分に近づく人影に全く気づいてなかった。

「……プロデューサー、何一人で笑ってるんですか?ちょっと不気味ですよ」
「うぉ!?千早、何時の間に!!」
突如聞こえた聴きなれた声に大げさに驚く俺を訝しげな眼で見ていた。
「え、えーと……何時からそこに?」
「さっきです。プロデューサーが顎に手を当ててぶつぶつ独り言を囁きながらニヤニヤ笑ってる所から見てました」
うわぁ~……
みっともない姿をばっちり見られた事に、流石に動揺ししどろもどろになりながらも「コホン」と咳をしなんとか気持ちを切り替える。
「……おはよう千早。もう準備は良いのか」
「おはようございます…前もって準備はしてましたので早めに終わりましたから」
「そ、そうか………」
気まずい……
なんとも情けない姿を見られた俺はどうにか誤魔化せないかと脳内で案を模索し続けそして千早の今日の服装が何時とも違う事に気が付いた。
「あれ?千早、今日はジーンズじゃないのか」
「あ…はい。折角のお出かけなので私なりにおめかししてみたんですけど……似合ってませんか?」
照れ笑いを浮かべ不安そうに俺を見つめてくる。
何時もは動きやすさを意識して大体千早の服装はラフな格好が多く基本は下はズボン系が主だ。
だか、今回は上着はレースのチュニックで下はデニムのミニスカート。
ヘアスタイルも下しているのではなく髪を一つに縛りポニーテールにしていた。
靴がショートブーツのせいか千早の綺麗な足が余計に強調されており眩しい。
スカートを穿く所などアイドルの衣装以外では初めてでこうして改めてみるとスカートから覗く太ももがなんとも言えず………無茶苦茶可愛い。
「あ、あのプロデュー…サー?」
「………え?」
「その…そんなにじっと見られると恥ずかしいです」
手荷物にバスケットらしい大きなバックを前に出し足を隠してしまう。
ちっ、惜しい。もっと見たかっ……じゃなくてだな、落ち着け俺。
まずは感想だろ?分かったか?だから動悸よ、治まってくれ。
「ま、なんだな………その、凄く似合ってる。可愛いよ、千早」
それ以外の言葉も思いつかず冗談を言う事も馬鹿らしく思え、素直な言葉で答えると千早は顔を耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
「あぅ……」
くそ……これじゃ、なるべく意識しないようにしていたのに余計に意識してしまうじゃないか。
「と、兎に角だ。そろそろ行こう」
「…は、はい」
コクッと静かに頷いた千早を助手席に乗せ車を走らせた。

「所で、プロデューサー。今日は何処へ行くんですか?」
「そうだな。遠出は難しいし近場に行くつもりだけど…ま、場所は内緒にしておくよ。楽しみは取っておいた方が面白いしな」
「それもそうですね」
「それにしても…随分大きな荷物だな」
千早が持ってきた少し大きめのバスケットがさっきから気になり聞いてみた。
大体の想像は付くが。
「これですか?その…お弁当です。何処に行くか聞いてなかったので手軽に食べられるメニューなんですけど、せめてご飯ぐらいは私がと思って………迷惑でしたか?」
気恥しそうに答える予想通りの言葉に俺は笑顔で答えた。
「そんな事はない。むしろ嬉しいよ。千早の手作りなんて、初めてだし楽しみにしてる」
「そ、そうですか…で、でも味は期待しないでくださいね。自分では美味しいと思ってますがプロデューサーの口に合うかどうかは分かりませんから、嫌でしたら喫茶店でも……」
期待の眼差しを向けると、逆に千早は不安そうに視線を外して消極的な態度をとってしまう。
歌の事になると梃子でも引かないのに、他の事になると奥手になる。
千早らしいと言えばらしいが、折角のお手製の弁当をここで見逃す手はない。
「そうだな…だったら、ファーストフードにでも行くか?今なら、新発売の竜田チキンバーガーとかあるしお勧めだぞ」
あのジューシーな味を思い出し思わず頷く俺にジャンクフードを嫌う千早は怒りを露わにして食いついてきた。
「そ、そんなの駄目です!ジャンクフードなんかと私の料理を一緒にしないでください!!」
「だったら、千早の弁当は美味しいんだよな?」
「当然です!ジャンクフード何かと比べられるなんて心外です!!」
胸を張って強調する千早の頭にポンと手を乗せた。
「だったら、しっかり食べて栄養を補給しないとな」
「そうです!ちゃんと食べてください……あ」
先程の発言と違いはっきりと断言する言動に気づいた千早は一瞬固まってしまった。
千早の一言一句が可笑しくて思わず「ぷっ」と吹いてしまう。
「あ、ぷ、プロデューサー。も、もしかして計りました」
「く、くくく。そんな事はないぞ?俺は率直な意見を言っただけだし。あはははは」
「も、もう笑わないでください!」

そのまま、時折千早をからかいつつ車を走らせる事一時間。
時間を感じる間もなくあっという間に目的地に着いた。
駐車場に車を止め入口まで来るとそこにはデフォルメされた可愛らしい文字と動物の絵で“わんわん王国”と何とも何処かのTV[番組で聞い事がある名前が書かれていた。
「ここは……動物園ですか?」
「ああ。それも犬限定のな」
千早は複雑そうな顔をして俺の方を見ていた。
何でここかと聞きたい目をしている。
「前、仕事の帰りにペットショップで犬を見てて、リラックスできるって言ってただろう。ここなら直接触れるし、飼う訳でもないからな」
「プロデューサー……あの時の事覚えていたんですか?」
「当り前だ。俺は千早のプロデューサーだぞ。千早との思い出を忘れる訳ないじゃないか」
ワザとらしく胸を張る俺だが逆に千早は残念そうに表情を曇らしているように見えた。
「そう…ですか。プロデューサーは私の担当プロデューサーだから覚えてるだけなんですね……馬鹿」
「え?何か言ったか」
「いいえ、何でも無いですよ。さ、行きましょう」
「お、おい」
すたすたと早歩きで入口の受け付けへ向かう千早を慌てて追った。

入場しまずは向かったのは、直接わんこと触れあえる“ふれあいパーク”エリア。
時間制で約二時間、中に居るわんこと一緒に自由に遊べられるこの施設内での女の子に一番人気のスポットらしい。
カラフルでいかにも女の子向けしそうなデザインの建物を中に入ると多種多様のわんこの鳴き声が聞こえてきた。
流石に今日は平日だからか、入場客はそこまで多くはないようだった。
屋内も吹き抜けで外の広場と直結しており相当広いようだった。
従業員に案内され犬が入ってる柵の中に入ると数匹のわんこが千早の足もとに群がり構って欲しいのを表すように尻尾を左右に振っていた。
って、俺の所には一匹も来んのかい。
「あ、あのプロデューサー?どうしたら良いんでしょうか」
「どうもこうも、頭撫でてあげれば良いんじゃないか?」
「そうですか…それじゃ」
屈んで一匹のこげ茶色の小さなわんこに、恐る恐る手を伸ばし柔らかそうな頭を緊張しながらもゆっくりと撫でた。
すると、わんこも嬉しそうに目を細め尻尾を更に激しく振った。
「こいつも嬉しそうじゃないか。抱いてみても良いんじゃないか?」
「は、はい」
言われたとおりに両手で掴みそっと胸に抱き抱えると、千早のほっぺを舐めてじゃれてきた。
「きゃっ。くすぐったい」
目を細め恥ずかしがる千早だがその顔は何処か嬉しそうだった。
そのお陰か緊張が解けてきたのか今では他のわんこたちとも備え付けの遊具で一緒になって楽しそうに遊んでいた。
「こら、待ちなさい」
わんわんと鳴いて走り回るわんこと戯れる千早を少し離れた所から俺は眺めていた。
こんな楽しそうにしている千早を見るのは初めてのようなきがする。
普段は、何処かクールで冷静な大人の雰囲気があるのだが、こうしてみると年相応の無邪気さがあった。
高校生などの若い世代向けで売り出していたが案外子供向けの路線でも千早は行ける気がした。
今度は、わんこを使った企画でも考えてみるかな……って今は千早と遊びに来てるんだ。仕事の考えはよそう。

「ワン」
「ん?」
だが、わんこの鳴き声が聞こえ顔を声のした方に顔を向けるとそこには白いふさふさの毛の大型犬が座っていた。
何故か俺をじーっと見ている。
「…どうした?」
「ワン!」
「構って欲しいのか」
「ワン!」
「遊びいのか?」
「ワン!」
どっちやねん。
良く分からないが遊びたいと判断した俺は、遊具に向かおうと歩を進めるがふさ犬(今命名)が着いて来る気配が全くなかった。
振り返ると丁度俺の立っていた場所に寝転び寛いでるのが見えた。
もしかして……
「……そこに座りたかっただけなのか?」
「ワ~~ゥ」
気の向けた鳴き声に思わず吹いた。
どうやらこのふさ犬(今命名)の、お気に入りの場所に俺が居た為どいてくれるように鳴いていただけなのだろう。
可笑しい奴。
ふさ犬の邪魔にならない様にその隣に座り、千早に視線を戻した。
相変わらず数匹のわんこと一緒に戯れている。
「千早、楽しそうだな」
「ワン」
「無邪気に笑って、まるで小学生だ。可愛いもんだな」
「ワンワン」
「お、そうかお前もそう思うか?」
って、な訳ないか。
わんこの言葉など分かる訳もなく伝わってる訳でもない。馬鹿みたいな二人(?)芝居を止め大人しく見つめてると、わんこを抱いた千早が小走りにこちらによってきた。
「プロデューサー~~。そんな所で見てないで一緒に遊びませんか」
そう言って近寄ってくる千早が胸に抱いているのは最初撫でてあげたあのこげ茶色のわんこだった。
どうやら千早のお気に入りになっているようだ。 だが千早の誘いを俺は丁重に断った。
「いや、俺は良いよ。見てるだけで楽しいからな」
主に千早を。
「そうなんですか?」
「ああ、だから俺に気にせず思いっきり遊んで来い」
「分かりました……だったらプロデューサーはそこの犬と遊ばないんですか?」
俺の隣に居るふさ犬に指を指した。
「この犬も見てる方が楽しいんだと。気にしなくて良いから」
「はい?」
「いいから、行ってこい」
「は、はぁ」
不思議そうに俺とふさ犬を見つめ小走りにもう一度遊具に向かって行った。

結局時間一杯までわんこと遊ぶ千早を眺め続け、ふれあいパークを出ると既に時刻は12時過ぎ。
丁度お腹は減っていた。
「そろそろお昼にするか」
「そうですね」
園内の休憩所まで進み千早が開いてる咳を指を指した。
「プロデューサー、あそこのテーブルで食べましょう」
「ああ」
木製のテーブルに座り、千早お手製が入ったバスケットを開けた。
中には沢山のおかずが入っていた。
色々なふりかけをかけた俵型のおにぎり。
主菜には唐揚げや、厚焼き卵など数種類。
副菜にもバランスを考え、ポテトサラダや芋の煮付、プチトマトなど彩りも鮮やかで食欲をそそる。
千早の事だから、野菜中心でサンドイッチかと思ってたが。
「あの……どうですか?」
「凄いな……素直に驚いてる」
「驚くって……どういう意味ですか?黒炭の弁当とか入ってるとでも思ってたんですか?」
微妙な反応をする俺に不貞腐れてる。
「ご、ごめん。そう言う意味じゃなくてだな。その、千早の事だから栄養の事を考えて肉関係を無しに草食系のメニューかなって思っててな」
「もう!プロデューサーはバランスと言うものを分かってないです。良いですか、野菜は栄養はありますけどちゃんとお肉も食べないと駄目なんですよ。そんなのだから……」
「そ、そうだな。ごめんなさい」
年下の女の子に説教され縮こまる。
これじゃ、どっちが年上か分からない。
「……っふふ」
「千早?」
まだまだ続くと思っていた説教タイムの筈が笑い声が聞こえ思わず顔を上げた。
「ま、プロデューサーの生活には色々と言いたい事はありますが、今は良いです。折角の昼食なんですから細かい事は無しにして食べましょう」
「あ、ああ」
穏やかに笑う千早に勧められるまま、お弁当に手を付けた。
もちろん、味は絶品だった。
俺の舌などコンビニ弁当やインスタント食品しか食べない感想じゃ意味はないかもしれないがそれでも本当に凄く美味しかった。
そして、先程のわんことの遊びがよほど楽しかったのか昼食中はその話題にもちきりで千早は本当に楽しそうに話していた。
こんな仕草が可愛かったとか。
こんな事をしてくれたとか。
嬉々として話す今の千早はアイドルと言うよりただの普通の高校生のように見えた。
もちろん、まだ高校生なのだが何と言うか……
アイドルとして、ファンに送る笑顔とは違う。
アイドルとして、俺に向ける笑顔とも違う。
アイドルでの活動中では見れない普通の如月千早と言う一人の少女としての笑顔を見ているそんな気がしてきた。
まるで初めて、お気に入りのおもちゃを手にした子供様な。
もしかしたら、今の千早なら学校でも笑って暮らせる。友達と楽しい思い出を作る事が出来るんじゃないか?と一瞬頭に過った。

昼食後は、俺達は他のエリアを巡っていた。
「プロデューサー~~~。こっちの犬も可愛いですよ」
「直ぐ行くよ」
楽しそうにはしゃぐ千早を見ていると俺はさっきの事が頭から離れなかった。
もちろん千早の歌に対しての思いの深さは分かっている。
家庭の事情もランクアップ時に聞いた事はある。
だけど、学校生活での友達との思い出は今でしか味わえない。
大人になると分かるが、学生での一時はかけがえのない思い出になる。
楽しい記憶なら尚更だ。
自然に相手に笑う事が出来る今の千早なら学生生活も有意義に感じる事が出来るかもしれない。
千早に感づかれないように振舞いながら一緒に館内を回り終わると時刻は既に5時過ぎ。
そろそろ閉館時が近い動物園を後に俺達は帰路に着いた。
夕暮れに染まる道を車で走らせながら、ふと助手席に座る千早の顔を見た。
まだ動物園での余韻が残っているのか顔は何処か楽しそうに見えた。
特に会話がなく行きよりも時間をかかったような錯覚を覚えながらマンションの前に着き、後は別れるだけとなった。
だけど、俺は頭の中で浮かんだ疑問が巡り別れの言葉を切りだせない。

「なぁ……千早」
恐る恐る口を開き名前を呼ぶ。
「はい…なんですか?」
「千早は今日一日楽しかったか」
「そうですね……楽しかったです」
「こうして、何処かに出かけるのも良いだろう」
「はい。家に籠ってるだけじゃ得られない事でした。今日は本当にありがとうございます」
感謝の気持ちを表す様に微笑む千早に俺は神妙な面持ちで話を続ける。
「もしだぞ。もし…」
「はい」
「千早が学校へ。もう一度学校へ通えるようになったらどうする」
「え?……なんですか突然」
「い、いや特に理由はないけど急に思いつてな……」
「もしかして…昼食の頃から妙に顔が固かったのはその事を考えていたからですか?」
「そうではないけど……」
結局ばれていた事に、じーっとこちらを睨まれるが俺は視線を合わせずそっぽを向いた。
これではやましい事があるのが分かりやす過ぎる。
「はぁー…いきなりそんな事言うんですか」
「だから、もしだ。仮定の話だから……」
あくまで誤魔化す俺に千早は二度目のため息を吐いた。
「そうですか……それでは、私が通いたいって言ったらどうするんです?」
「え、それは……」
通わしたい。
アイドルならば学校が卒業した後からでも再デビューは可能だ。
特に千早の実力なら尚の事……
しかし、千早は俺の考えを見透かしてる澄んだ目をしていた。
「なぜそのような事を聞くのか分かりませんが……今日一日が充実していたのはプロデューサーが居たからですよ」
「…え?」
「きっとプロデューサー以外で一緒に行ってもここまで楽しくなかったと思います」
「そ、そんな事はないだろう。今の千早なら学校で一杯楽しい事を見つけられるんだぞ?」
「無理ですよ。だって私は……今の私があるのが誰のお陰か分かりますか?」
千早は首を横に振り俺を真剣な目で見つめてきた。
「それは……」
もちろん千早自身が変わったから…じゃないのか。
しかし黒曜石の様な綺麗な瞳に魅了され何も言えなくなる。
互いに沈黙が流れる中、千早の口から思いと言う言葉が漏れた。
「貴方が居るから……」
その言葉は誰でもない、俺を求める声。
「貴方が傍に居るから、私は笑う事が出来るようになったんです。貴方が傍に居たから、私は人の温もりを知る事ができたんです。学校では分からなかかった大切な事を教えてくれたのはプロデューサーなんですよ」
直向きな思いは俺の胸に深く刺さる。
「ずっと言えなかったですけど、私は……」
小さな手が俺の手を掴み包みこみ千早の体温が、千早の感触が肌を通じて流れてくる。
陶酔しているような潤んだ目で俺を見つられ目が逸らす事が出来ない。
震える唇から精一杯の気持ちが告げられた。

「貴方が好きです」

~End~



***後書き***
千早とのデートのSSです。
珈琲のあのシーンを思い描きながら書いてました。
少しでも千早の可愛さが出ていれば良いなーっと思います。
本当はあの指輪も入れてみたかったのですが、特に思いつかなかったので断念しました。
ポニテの千早は想像するだけでにやけてきます。w






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