「頭痛いっ……熱は、39度か。マジかよ……」

リビングのソファーにだらしなくもたれかけて計っていた体温計を見てみると液晶部分に映し出された自分の現在の熱の高さを気付き思わず愚痴る。
昨今、温暖化の影響か昼夜の温度差が激しくそれと相成って激務による過労でこの季節にはお約束の風邪と言うものにかかってしまったのだ。
うー…不甲斐ない。
こんな熱如きで寝込んでる訳にはいかないのだが、いかんせん体が思うように動かない為どうしようもない。
俺は重い体を起こし目の前のガラス張りのテーブルの上に置いてある携帯に手を伸ばしワンプッシュで事務所へと電話をかけた。

『お電話ありがとうございます。765プロダクションでございます』
「すみません。俺なんですが……」
『あ、プロデューサーさん。どうしたんですか?』 「そのですね。ちょっと風邪をひいてしまい行けそうにないんで申し訳ないんですけど今日は休ませて貰いたいんですが……」
『まぁ…病気ならしょうがないですよ。分かりました。社長には私から伝えておきますから』
「宜しくお願いします。申し訳ないんですが、俺の担当のアイドルの娘の事もお願いしますね」
『分かっていますよ。プロデューサーさんは大人しく養生して早く風邪を治してくださいね』
「はは、どうせこの体じゃ寝る事しか出来ませんから…それじゃ」
電話を元の場所に戻し鉛のような体を引きづるように隣の部屋に備え付けてあるベットへと戻り毛布をかけ直した。
せめて明日には治さないとな……目を瞑るとそのまま眠りの淵へと意識は落ちていった。

その頃の事務所では…
「えープロデューサーさん。風邪なんですか?」
「ええそうよ。申し訳ないんだけど、今日は現場には社長と一緒に行ってね」
「え、社長とですか……」
一瞬険しい顔をする新人アイドルを見て小鳥は苦笑を浮かべた。
「そう言わないで。他のプロデューサーは別の子で手が空いてないし、事務は私と秋月さんしかいないから手が空いてるのが社長しか居ないのよ。我慢してね」
「う~、分かりました…もうプロデューサーさんには何が奢ってもらわないと」
「はいはい、それは本人が治ったら言ってね。時間もないし社長は駐車場で待ってるから、行ってちょうだい」
「分かりました~~」
渋々向かう新人アイドルの背中を見送り小鳥は自分の仕事に戻った。

ここ、765プロは数人のトップアイドルを築き上げた世間の期待を背負う人気奮闘中のアイドル事務所の一つだ。
しかしまだまだ発展途上。所属しているアイドルもそこまで多くもなく、人員も数える程度しかいないので一人でも欠員は痛いのだ。
使えるものは社長でも使えがここのもっとうである。
しかし、パソコンに向かい軽快にキーボードを打つ手が急に止まった。
(あ、そいう言えばあの娘にも連絡入れておいた方が良いかしら?今日は確かOFFだったし、プロデューサーさんも喜ぶでしょうし……最近ゆっくり出来てないみたいですから、もしかしたらあんな事とか起きたり…ふふっ)
何を想像したのか頬を赤く染めてうっとりした目をしていた。
思い立ったが吉日な小鳥は受話器を取り慣れた手つきで番号を打ち電話をかけた。
数回目のコールの後やっと目的の相手と繋がった。
それの人は………

あれから何度目の目覚めだろうか。
頭痛と熱で眠りから覚め、朦朧とする頭を動かし壁に取り付けてある時計を見ると、時計の針は昼前を示めそうとしていた。
そろそろお昼か……どうするかな。
インスタントぐらいしかないけど。

ぐ~~~。

腹は減ったなー。
そう言えば朝御飯も朝食用に昨日の仕事帰りに買ってきた菓子パンだけでまともに食ってないし…でも、動きたくねー。
薬を飲まないと治る物も治らないのだが、体の軋々が痛む今では動く事も億劫である。
それに、この家には自分一人しか住んでおらず自炊しないと食べれない。
その手間がどうにも体を動かす妨げになっていた。
情けない葛藤の鬩ぎ合いを心の中で繰り返しているとふいに、家のチャイムが鳴った。
誰だ、こんな時に……しばらくすれば諦めて帰るだろう。
無視をし大人しくしていたが、特定のリズムで押され帰る気配が全くない。
聞こえるチャイム音が二ケタに行く頃には、俺の方が折れて渋々身を起こし玄関へと向かった。

たくっ…誰だよ。こんな時に……

チェーンを外し鍵を開け重い扉を全身で押すように開けた。
「はい、誰ですか?ちょっと今は忙しいから帰って…」
不機嫌さを隠す事無く淡々と告げると、聞きなれた声が聞こえ思わず動きが止った。
そこには、大きな袋を持ち栗色のセミショートの小柄な可愛らしい少女が佇んでいた。
俺よりも背が低いその娘は顔を上げ、優しい笑顔を浮かべ見つめてきた。

「あの……お久しぶりです。プロデューサー、風邪…大丈夫ですか?」

「雪…歩?何でここに……」
予想外の来訪者に、俺は驚き思わず偽物かと疑い彼女の顔をじーっと見てしまう。
しかし、清端な顔立ちと雪のように白い肌はまぎれもなく以前半年前まで俺がプロデュースをしていた萩原雪歩に間違いなかった。
一年間ともに歩んできたパートナーはあの頃と変わらず清楚でおっとりとした落ちついた雰囲気は忘れる筈が無い。
いや、あの頃よりももっと……

「小鳥さんから連絡を貰って来たんです。その…私はOFFでしたし他にする事もなかったのでお見舞いに来たんですけど……迷惑でした?」
「い、いや。そんな事無い。嬉しいよ」
小鳥さんGj。
心の中で小鳥さんに対して特大の感謝の意を称えた。
「取りあえず、中に入ってくれ」
「はい。失礼します……」
扉を抑えたまま体をずらし中に招き入れると、通り過ぎる際に彼女から甘い香りが鼻孔に香り思わずドキリとした。
香水でもつけているのだろうか……思わず鼻を嗅いでしまう。
こうしてまともに雪歩と会うのは、約半年ぶりぐらいだろうか。
解散後は、互いに激務が重なった事もあり事務所でも軽い世間話とメールでのやり取りしか出来なかったから二人っきりになるのは実に久しい。
それに、事務所では気付かなかったが以前は簡素な白いワンピースと言ったカジュアルな服装だったのに今は大人っぽいデザインの物を着こみ軽いアクセサリーも付け妙に大人っぽい。
思わずブーツを脱ぐ雪歩に見惚れてしまっていた。
俺の視線に気がついたのか靴を脱ぎかけのまま雪歩はこちらを向いてきた。
「…どうしたんですか?じっと見て私の体に何か付いてます」
「え、あ、いや……なんかな……」
「はい」
「そのなんだな……綺麗になったなっと思って」
熱で上手く思考が働かない俺はつい本音が漏れてしまい、しまったと口を噤むがもう遅い。
綺麗だと言われた雪歩は顔面を真っ赤に染め上げ、突然の発言に動揺し忙しなく視線を動かす。そしてこほんと咳をはらい気持ちを整えるとにっこり嬉しそうに微笑んできた。
「プロデューサーに、そう言って貰えると嬉しいです……」
まるで聖母のような綺麗な笑みに俺の動悸はますます激しくなった。
心臓がはち切れると思えるほど高鳴り、やけに耳に響く。
体の熱も上がってきたのか、景色が霞み雪歩が上手く見れなくなってきた。
あれ、可笑しいな…これは夢だったのか。
朦朧とする頭では上手く考えられない。
気付いたこと頃には体揺らぎ視界が霞み前のめりに倒れかける。
「プロデュー……きゃあ!?」
俺の名を呼び、抱きとめる小さな体。
だけど、大の大人の体を埋め止めるにはどうにも華奢でそのまま一緒にフローリングの床に倒れてしまった。
「わ、悪い直ぐ退くから……」
「い、言えそんな事よりも……」
額に手を添えられ、ひんやりとした感触が伝わり気持ち良かった。
「た、大変凄い熱です。ベットへ戻りましょう!」
「あ、ああ。すまない…」
雪歩に肩を貸してもらいどうにか立ちあがる。
「ベットはリビングの隣の部屋にあるから…すまん。手間かけさせる」
「い、いえ、私の方こそごめんなさい。病気のプロデューサーを立ったままにしておくなんて……軽率でした。やっぱり私なんか来ても何もお役に立てないですよね。やっぱり……来ない方が良かったかな?」
朦朧とする頭に隣から聞こえた悲しげな声が、内気な発言が、プロデュース当時の雪歩と重なり俺は段々と沈みかける意識のまま答える。
「そんな事はないぞ。雪歩が居てくれるだけで俺は嬉しいから、だからそんな事言わないでくれ」
「プロデューサー……ここに居ても良いんですか?」
「当り前だろう。今日は一緒に居てく…れ…ないと………怒る……」
そのまま俺の意識は限界を超え遠いていった。
うっすらと消えていく雪歩の顔、だけど俺の体を支える小さな温もりと花のような穏やかな匂いが体を全体に包み込んでくれたような気がした。


徐々に意識が覚醒へ向かい始め感覚が戻り始めるが未だ体が熱く体は上手く動かなった。

ちゃぷ…

水の音が隣から聞こえ、額に感じるひんやりとした感触が伝わり火照った体には丁度良いい。
ゆっくり重い瞼を開け横を向くと霞む視界にうっすらと人のシルエットが見えた。
誰だ……凄く綺麗な人だけど……こんな人居たっけ?
無意識にその人に手を伸ばすとギュッと差し出す手を握られ俺に笑いかけた。
「大丈夫ですか。プロデューサー」
「……あ、雪歩か。そう言えばお見舞いに来てくれたんだよな」
名前を呼ばれ意識がはっきりしてくると今の現状が段々と思いだしてくる。
そういえば、玄関で倒れたんだっけ。
向かう途中で気を失った俺をここまで運んでくれたのは雪歩だろう。
小柄なこの娘が此処まで運ぶのは相当苦労したのは想像に難しくない。

「ごめんな。折角見舞いに来てくれたのに、面倒かけて……」
「いえ、良いんです。プロデューサーにはお世話になってますからこれぐらいは……それに良い事もありましたし」
「良い…事。何かあったのか?」
頬を赤く染め照れ笑いを浮かべる雪歩に俺は不思議な顔をする。
お見舞いに来ただけなのにそんなに良い事があったのだろうか。
「はい、プロデューサーが……」
「俺がか?」
「はい。気絶する前に私に……覚えてないんですか?」
「う、うーん……ごめん。熱で朦朧としてたらかあまり覚えてない」
「そ、そうですか……」
当の本人が覚えてないが残念なのか苦笑を浮かべる雪歩に少しだけ申し訳ない気持ちになる。
なんとか思いだそうと、必死に記憶を辿るが雪歩が来た所までは思い出せるがそれ以降の会話がどうしても思い出せない。
「ごめん……」
「い、良いんです。熱がありましたし、しょうがないないですから。それにその…プロデューサーが本心で言ってくれてたのは分かってますからそれだけで私は十分です」
俺を気遣いそう告げる雪歩だが、そこまで言われると逆に気になってしまう。
「俺は、一体何を言ったんだ」
「………内緒です」
だからそう誤魔化されると余計に気になるんだって。
「頼む雪歩。教えてくれ、これじゃ気になって眠れない」
「大丈夫ですよ。プロデューサーの寝付きの良さは知ってますから、こんな細かい事で眠れないなんて事無いですよ」
や、確かにそうだが…
雪歩のプロデュースをしてる時、いかにも眠り辛い事務所のソファーで寝むる俺を良く見ていたにしてもその言い方はちょっと酷いと思うぞ。

「それよりもだ。今何時か分かるか?」
「えっと……今は13時です」
雪歩は腕時計を見て答えた。
もう昼過ぎか……そう言えばお昼も食べてないな。
そう考えてると空腹を感じお腹がまたぐ~と情けない音が鳴った。
体の調子は悪いが食欲だけはまともにあるようだった。
腹の虫の声を聞こえた雪歩は一瞬目を驚きで見開き俺がご飯が無いか聞くと堰を切ったように口を抑えて可笑しそうに笑い始めた。

「笑うなよ…」
「ご、ごめんなさい。何時もしっかりしてるプロデューサーしか見てなかったので、珍しくてつい……ふふっ」
「……勝手にしろ」
笑われて気恥しくなった俺は毛布を深くかぶり不貞腐れる。
俺の反応を見て、雪歩は慌てて寄ってきて弁解をしてきた。
「あ~。そ、そんなにいじけないでくさい。もう笑いませんから~~~!」
「知るか」
「本当にもうしませんから機嫌直してください!」
「……本当にもう笑うなよ」
「は、はい…ごめんなさい」
別に怒ってた訳ではないが、あまりに必死に謝られ逆にこっちの方が悪いように思えてくる。
「別に怒ってないから気にするな。それよりも、何か食べるものはあるか」
と言っても自炊しない自分の家にはインスタント以外大した食材もなく、調理道具も基本的な物以外は揃ってない。
雪歩が何も用意してなければ、それでも食べて薬を飲めば良いだろう。
「えっと…材料はもってきましたので雑炊なら作れますけど食べますか?」
「用意が良いな。それじゃ、お願いしても良いか」
「は、はい!分かりました。それじゃ、少しの間待っててくださいね」
両手を握って見慣れたガッツポーズを取る雪歩は嬉しそうにキッチンへと駆けて行った。

それから数分後…
今はリズム良く聞こえる包丁の音と共にキッチンから美味しそうな匂いが香ってきていた。
そして、時折雪歩の楽しそうに歌う声も聞こえてきた。

「素敵~な、出来事~とも……うん。美味しい」

自分のデビュー曲のKosmos, Cosmosだろうか。
歌いながら料理をするさまを想像するとなんとも家庭的で微笑ましい。
ベットからは隣のキッチンは完全な死角になっているのでまるっきり雪歩の姿が見えないのが何とも残念すぎる。
せめてこの体がまともに動けばすぐさま移動してじっくりと鑑賞したい所だ。

更に、数十分後……
可愛いフリルが付いたピンク色のエプロンを身にまとい出来あがったばかりの雑炊をお盆に乗せて雪歩が戻ってきた。
って、エプロン!?

「お待たせしました」
「あ、ああ。ありがとう…ところでそのエプロンは家から持ってきたのか?」
「あ、はい。最近は料理の練習もしてるのでその時に使ってる物ですけど…似合ってませんか?」
「い、いや。どっちかと言われれば凄く似合ってるけど…」
似合いすぎて可愛いのが問題があると言うか。
「料理を習ってるのか?」
「は、はい。プロデューサーの事を家で良く話しますからお母さんが雪歩も花嫁修行がそろそろ必要ねって言ってくれて。だから時間がある時は教えてもらってるんです」
は、花嫁修業って……雪歩は意味が分かって言ってるのか。
そう思い思わず雪歩の顔を覗きこむと俺の視線を感じ照れてたのか頬を赤く染めて俯いた。
その初々しい反応に俺の方も意識をしてきてどうにも落ち着かなくなってくる。
「ま……なんだな。それなら味は期待して良いのかな?」
「い、一応は。それなりのものは作れるようにはなりましたし、味見はした時は美味しかったですから。プロデューサーの口に合えば良いんですけど」
小鍋の蓋を取ると、湯気を上げて黄金色の雑炊が現れぐつぐつと美味しそうに煮えていた。
「旨そうだな…卵雑炊か?」
「はい。材料もあまり要らないですし手間が少ないですから。あまり胃に下る物はやめた方が良いかなって思って…卵は嫌いでしたか?」
「いや、好きだよ。うーん……香りも良いな」
「そう言ってくれると嬉しいです。はい、プロデューサー」
小皿に雑炊を移しレンゲと一緒に渡され受け取る。
「ありがとう。それじゃ、頂きます」
一口すくい口に運ぶ。
少しだけ熱いのだが、卵の風味と出汁が効いていてとても美味しかった。
俺の事を思ってか、薄味にされているのがとても食べやすく苦無く飲み込む事も出来た。
「ど、どうですか……」
さっきからじーっと不安げな表情をしながらずっと見ていた雪歩が恐る恐る聞いてきた。
口をきつく閉じてレンゲを小皿の上に置く。
雪歩の顔が更に険しくなり俺の言葉を待っていた。
「……」
「うん。美味しいよ。凄いじゃないか雪歩」
「あ……そうですか。良かったです……ぐすっ、口に合って」
率直な言葉を述べると何故か雪歩は目に涙を溜めて涙声になっていた。
突然の反応に俺は戸惑うしかなかった。
「お、おい。何で泣く!?」
「だ、だってプロデューサーが美味しいって言ってくれたのが嬉しくて……プロデューサーの口から聞くまでずっと不安でもし不味くて嫌いになったらどうしようって……だから、私」
雪歩は嗚咽を漏らしながら語る。
俺とのプロデュースで内気な性格を完全に克服した筈の雪歩なのだが、今の状態はまるであった頃の雪歩そのものだった。
どうしたらいいか分からない俺は、熱で冴えない頭で一生懸命考えそして取った行動は小皿にある雑炊を食べ切りお代りをする事だった。
「お、お代りだ。もう一杯くれ」
「ぷ、プロデューサー…?」
「そんなに泣かなくても本当に美味しいから安心しろ。俺は雪歩に対してお世辞なんて言わない。それにだ、たとえ失敗しても俺が雪歩の事を嫌いになる事は絶対にないから俺を信じろ」
少しだけ浮いた台詞に羞恥で雪歩の顔をまともに見れずそっぽを向く俺の持つお椀を涙が溢れる目を掌で拭いとり受け取った。
「はい。私はずっとプロデューサーの事を信じます」
「ふん。……それよりも早くおかわりくれよ」
照れ隠しで催促を求める俺の言葉に雪歩は幸せそうに笑っていた。

その後、雪歩の献身的な介護のお陰で俺の体調は日が沈むころには快調とは言わないが熱が下がるまでは回復していた。これならば、今日一日ゆっくり休んでいれば明日の仕事はなんとか行けるだろう。
今日は本当に雪歩に感謝の気持ちで一杯だ。
流石にこれ以上、遅くなると親御さんに心配させてしまう為、雪歩を見送る為に俺はマンションの入り口で一緒にタクシーを待っていた。

「プロデューサー、一人で待てますからお部屋に戻っても良いですよ。病みあがりなんですから余り無理をするとまた……」
「大丈夫だよ。少しの間だし、それに…少しでも長く雪歩と一緒に居たいしな」
心配する雪歩に恥ずかしげもなく率直な言葉を上げると、流石にそこまで言われたら追い返せないのか複雑な顔をしていた。
確かに日が暮れた外は寒くジャンバーを着てるとはいえ病み上がりの身では少し辛いのが本音だ。
「…もう、プロデューサーはずるいです。そんな風に言われたら何も言えないじゃないですか」
「本心だからしょうがないだろう。雪歩は俺と居るのは嫌か?」
「そんな事ある訳無いじゃないですか……私もプロデューサーと居たいです」
「それなら、別にき、気に……ぶえっくし!」
ド派手にくしゃみをすると雪歩はやっぱりと不安で瞳を曇らせる。
それでも、一緒に居たかった俺は頑なに動かずにいると雪歩は諦めたのか俺に傍に寄り腕を絡みぴっとりと寄り添ってきた。
「こうすれば少しは、暖かいですよね」
「あ、ああ。そうだな…暖かいよ」
確かに掴まれた腕から雪歩の体温を感じ心まで温かくなったような気がした。
そのまま会話もなくお互いの温もりを感じてタクシーを待つ。
ゆったりとした時間は、いままで気付かなかった事を気付かせてくれる。
こうしてただ一緒に居るだけで安心できる人が居るのはすごい幸福な事だと言う事を。
プロデュースが終わってから今日まで、雪歩とこうしてゆっくり出来る時間は一体どれ程あっただろうか……
思い返していても、一回でもあっただろうか。
俺も仕事のせいにし雪歩も忙しいと勝手に結論つけて、まともにデートすらしていない気がする。
何時も事務所で偶然会った時とメール、電話がほとんどな事に気がついた。

「なぁ…雪歩」
「はい、なんですか?」
「今度の雪歩の休みの日にさ……一緒にどっか出かけないか」
不意に漏れた誘いの言葉。
雪歩は一瞬、嬉しそうな顔をするが直ぐに暗く沈んでしまう。
「でもプロデューサー、新しい子のプロデュースで忙しいんじゃ……」
「確かに新人アイドルを育てるのが俺の仕事だけどさ……俺は雪歩との時間を仕事のせいで疎かにしたくないんだ。それに……」
「それに……?」
真摯な瞳で見つめられこれから吐く台詞が照れ臭さい俺は誤魔化すように頬を掻きながらも言葉に詰まりながらも口にする。
「そのな…あれだ。いずれ雪歩の両親にも合わないといけないしな。あまり俺の未来のお嫁さんをほったらかしにしてるとあった時に色々と突っ込まれそうだからな」
突然のプロポーズに雪歩は完全にフリーズし動きが完全に止まった。
そして、暫くするとその意味が分かったのかこんどは顔面を赤く染め右往左往と動かししどろもどろになっていた。
「あ、あの。それって…その、あの、やっぱり……その…えっと、わ、私は……あああ、取りあえず穴に埋まってます!」
相当動揺してるのか、最近ではあまり聞かなくなった懐かしい台詞を吐きながら地面を掘り埋まろうとしている雪歩を慌てて止めに入る。
「待て待て待て、本当に穴を開けようとするんじゃない。少しは落ち着け」
「で、でも。わ、私…ま、まだ心の準備が……だから、えっと決して、嫌ではないんですけど…その…」
「別に直ぐにと言ってる訳じゃない。そもそも雪歩はまだ未成年で結婚は出来ないからな」
「は、はぃ」
「雪歩が学校を卒業してアイドルとしての仕事の区切りがついたらまたこの話をしよう」
「は、はぃ」
未だ頭の熱が上がったままなのか空返事ばかりでちゃんと聞いているの不安に思えてきた。
流石にぶっちゃけ過ぎたか……しょうがない、ちょっとからかって試してみるか。

「…雪歩。お前を抱きたい。今ここで服を脱いでくれないか?」

「は、はぃ……」
とんでもない事を言う俺に流石にこれは突っ込まれると思いながらも何と雪歩は予想外の行動を取り始めた。
本気で服のボタンに手をかけ外し始めたのだ。
って、待て待て待て!!!
「おい!マジで脱ごうとするな」
「…え?あれ、何で服が……きゃあぁああああああああああ~~~~♪」

凄い悲鳴だ。
どうやら、やっと我に返ってくれたみたいだったがまさか本気で行動に移すとは思ってなかったぞ。
胸元が多少はだけた程度だったから良かったがあのままにしていたらここがストリップ台になる所だった。

「な、何で……わ、私……」
「取りあえず少し落ちつこう。声が大きいし他の住人の迷惑になるから」
「ご、ごめんなさい……でもプロデューサーが変な事言うから」
無意識の割に俺に言われた内容は覚えているのか涙目で非難の視線を向けられた。
「ごめんごめん。ちゃんと聞いてるか不安だったから」
「だからって、あんな事言う事無いじゃないですか……」
「いや、俺だって本気で脱ぎ始めるとは思わなかったからな」
「う~……もしかしてプロデューサーは私が嫌いなんですか?」
ボタンをかけ直し胸元を治しながら雪歩は責めるような視線で俺を睨んできた。
「そんな事はないぞ。雪歩の事は大好きだよ」
「…はぅ」

ストレートな言葉に益々照れてしまった。
ま、本音を言うとしたくない訳じゃないんだが、高校生相手に本当にそんな事したら明日から俺は変態ロリコンプロデューサーと言うレッテルを貼られるだろうが。
言われた雪歩の方は満更じゃ無く恥ずかしげに体をくねくねと揺らしていて俺の方を時折見つめてくる。
まるで何かを伝えようとしてるように思えた。
「どうした雪歩、もじもじして…トイレか?」
「ち、違います。その……さっき話なんですけど本当に私と…してくれるのすよね?」
肝心な所が声が小さくて上手く聞き取れず聞き返した。
「エッチがか?」
「ち、違います!その……婚です」
面と向かって言葉にするのが恥ずかしいのかぼそぼそと消え入りそうな声で僅かに結婚と言う言葉が聞こえた。
「ああ、俺はそのつもりだよ」
「ほ、本当に私で良いんですか?胸もちんちくりんだし、おどおどしてるし、地味だしそれに……あ」
自分の欠点を次から次へと上げる雪歩の頭に手を乗せ栗色の柔らかい髪を梳かすように優しく撫でる。
「そんな自分を卑下するなって。臆病でも諦めない泣き虫でも直向きでそれでも一歩を踏み出す萩原雪歩に俺は惹かれたんだ。昔の雪歩も今の雪歩も俺にとっては大切な人だ、だからあまり傷つけないでくれるか?」
「ぷ、プロデューサ……あ、あの。で、でしたら……お願いがあるんです」
「なんだ?言ってみろ」
「その……誓いが欲しいんです。約束の日まで忘れないように」
誓いとは偉く固い言葉が来たな。
「指輪でも上げれば良いのか?」
「い、いえそうじゃなくて…その……を」
「…なんだって?もう一度言ってくれ」
「ですから、その……誓いの……き、キスをして欲しいんです!プロデューサーが傍にいない時でも忘れないような大人の……」

そこまでが限界なのか、雪歩は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
胸に手を組み、まるで聖母の祈りのような仕草のままゆっくりと顔を上げてきた。
瞳は閉じられ唇も閉じ一途に俺を待つ姿が愛らしくとても愛おしい。
返事はいらない。
言葉もいらない。
今、必要なのは雪歩の願いを受け入れる事だけだった。
俺は肩に手を置き、彼女の唇にそっと重ねた。

「ん…」
吐息をもらし、微かに震える小さな体の背中に腕を回し抱き寄せる。
もっと、過激な…それが雪歩の望み。
徐に舌を引き出し彼女の唇を抜けさせ口内に侵入する。
「っ!?」
初めて知る感触に一瞬体を強張らせるが、抱きとめる力を強めると直ぐに俺に体を預けるように力を抜いた。
くちゅくちゅと、粘着質な音を奏でキスすら初めてであろう彼女の中を蹂躙する。
そろそろ、頃合いと思い舌を引くと今度は彼女の方から俺の中へ舌を運ばせてきた。
ゆ、雪歩何を!?…
思わず閉じた目を開き懸命に俺を求める雪歩がそこにいた。
突然の彼女の過激な反応に俺はどうする事も出来ず、ただ求められるままに受け入れる。
先程の俺と同じように、舌を巡らせ俺の口中を刺激する。
次第に俺の箍も外れ求め求められるままに唇を重ねる。
どれ程、口づけをしていただろうか…唇を離すとお互いの口を結ぶように唾液による糸が引いていた。
雪歩の顔も、無我夢中だったのか口元がべとべとで酷い有様だった。

「口元、汚れてるぞ」
「は、はぃ……すみません」
服の袖で拭うと未だ先程の興奮が冷めてないのか、何処か放心した顔をし俺の顔をぼーと見つめていた。
その表情はとても17歳とは思えないほど妖艶で大人びていた。
最初はいじらしく大人しいイメージが雪歩のうりだと思っていたが成長するにつれて、その考えは一転し内にあるこの清楚なイメージとは真逆のエロティックさが雪歩の隠れた魅力でありランクSとして君臨来る萩原雪歩の最大の要素なのだ。
そして、俺に対しては無限の欲求を駆り立てる。
「雪歩……」
「プロデューサー……」
離れる事もせずに抱き合ったままの恰好で互いの名前を呼び合い見つめあう。
頬を赤く染め惚けたように半目で見つめる姿がなんとも言えず色っぽい。
このまま家に戻り本能のまま彼女を求め抱きしめたい。
先程は冗談で言ったが俺だって男だ大切な女性と結ばれたい気持ちは少なからずある。
雪歩の全てを知りたい。感じたい。
頬を染め白く美しい肌。
穢れを知らない美しい瞳。
俺の全てで満たしたい……その衝動が膨れ上がり、思春期の少年のように体を強張らせ生唾を飲み込みながら俺は付き動かされる衝動のままゆっくりと口を開いた。
「雪歩……俺は……」
きっと彼女も受け居てれくれる、そう確信をして言葉にする。
しかし……

「あー………こほん。何時までやるつもりなのだね?」

「はい?」
「え?」

聞こえた予想外の第三者の声。
お互いに素っ頓狂な顔をして声のした方へ顔を向けるとそこには黒いスーツと帽子を被った40代ぐらいのおじさんが立っていた。
おじさんの後ろ、マンションの前の道路にはランプをつけて停車しているタクシーが一台止まっていた。
自分達が呼んだタクシーだと気づき、一瞬で現状を思い出して俺達は慌てて離れた。
「あ、あはははは。……す、すみません」
愛想笑いする俺だが、ばっちり見られていた(むしろ見せつけられていた)おじさんは何処か居心地が悪そうに視線を外しながら恐る恐る聞いてきた。
「私を呼んだのは君たちで合ってるんだね」
「は、はい……」
「そうかい………それでどうするんだい。乗っていくのかね」
「えっと……お願いします」
「それじゃ、車で待ってるから準備が出来たらおいで」
「わ、分かりました。お願いします」
そのまま、ゆっくりとした足取りでタクシーの元まで戻って行った。
「す、すまん。雪歩……とんだオチになって」
「い、いえ。私も夢中になってましたから……」

互いに引きつった顔で空笑いを浮かべる事しか出来なかった。
これからは、時と場所を選ぼうと心に誓った瞬間だった。

~End~



***後書き***
雪歩のSSです。
今回は使ってる事を前提で考えて作りました。
本当はエロSSにするとつもりだったけど結局このまま行っちゃいました。
雪歩を犬化したエロSSも考えましたが上手くいかず断念。
ボツルか完成させるかは不明です。
しかし雪歩は可愛いですよね。
ゆりしぃーなのが何とも……東鳩2をやってる私としてはどうしてもこのみを想像してしまいますが。www
きっと雪歩はデレに入ればエロくなると勝手に想像してます。
内気な子が覚醒すると凄いんですよー。
覚醒美希も目じゃない可愛さだと信じてます。
ま、ぶっちゃけ私は美希の方がすきなんですが。(ぇー)




inserted by FC2 system