放課後、夕暮れに染まる校舎。
もう使われなくなった一つの空き教室。
私は隣のクラスの男子に呼ばれ人気のないこの場所に足を運んでいた。
そこには、いかにも女生徒が騒ぎたてそうなイケメンな男子生徒が立っていた。

「静音さん、手紙を呼んでくれた?」
「…ええ、呼んだわ」
「それで返事なんだけど…どうかな。僕と…」
「ごめんなさいね。あなたの気持ちに答える事は出来ないわ」
相手が最後まで言う事無く私は意志を伝える。
明らかな拒絶の意志に相手の男子が固まった。
「ど、どうして?僕は本当に君の事が…」
直ぐに男子は自分の気持ちを口に表すけど、正直私の考えは変わらない。
何度もこの手の告白はされた事がされた事があるけど、どれも同じ言い方にしか聞こえない。
綺麗など、素敵だの、君しかいないとか…はぁー、面倒くさいわね。
こんなくだらない言葉を聞く位ならもう早く帰りたい。
せめて相手の事を思い足を運んで自分の口で出そうとしてただけだ。
それに私には他に待ってる人がいるからこれ以上時間をかけたくはなかった。

「しょうがないわね……はっきり言うわ。私は貴方なんかにこれっぽちも興味なんか無いし眼中にないの。告白をするなら他に人にしてちょうだい。それじゃ、人を待たせてるからもう帰るわ」
強引に話を打ち切り教室を出て行こうと男子は私の手を掴み押しとめた。
「ち、ちょっと待てよ!せめて話を最後まで聞いてくれても良いだろう!!」
「離してちょうだい。私の話はもう終わってるわ」
「だから待てよ!俺からだぞ、俺から態々告ってるのに俺だ誰だと…」
一人称まで変わって口調も荒くなったわね。
やっぱり、これが本性か…まったく良くいるわね。
自分に酔って女の子に良く見せようするナルシストがね。
正直この手の男が私は一番嫌いだ。
「貴方なんて顔も名前すらも知らない。自分に自信があるのは構わないけど度が過ぎると哀れなだけよ」
明らかな蔑む私の視線に相手は怒りで段々と目を吊り上げて行く。
「それじゃ、優が待ってるから失礼するわ。さようなら色男さん」
「くっ!?そ、そんなにあんなチビで根暗らの弟が大事なのかよ!?」
相手の手を振り払い去ろうとする私の背中から聞こえたその言葉に私の中で何かが切れた。
無言で振り返り相手の腕を取って捻り関節を決める。
「いたたたたた、痛い。な、何をするんだ!?」
「…何も知らない人が私の優を馬鹿にしないでくれる。はっきり言って迷惑なの。今度、優を馬鹿にしたらその口二度と離せない様にしてあげるから…覚えて起きなさい」
怒りを露わにする私の顔に相手は恐怖でカクカクと頷いた。
それを見た私は手を緩め、そのまま教室を出て行った。

彼女の名前は伊藤静音。
容姿端麗、頭脳明晰、男子生徒の中で憧れであり絶大の人気を誇る女生徒。
しかし……極度のブラコン少女だった。

次の日……

チャイムが鳴って昼休み時、筆記用具を片づける私の元にクラスメイトの由美が少し飽きれた雰囲気を醸し出しながら話しかけてきた。
「静音、貴方またやったらしいわね」
「やったって何がよ?」
「昨日テニス部の後藤君から告白されたらしいじゃない。それで、また関節決めったって」
「ああ、その事。あの害虫、優を悪く言ったから自業自得よ」
「静音…あんた、これで何人目よ。皆他の女子も憧れる男子ばっかなのに全部断ってさ」
「だって興味がないもの。それにあの人たちは決まって自分を良く見せたがるし、それに優の事を悪く言うもの」
「はぁー…普段性格が良い癖に弟の事になると本当性格変わるわね、静音は」
少し呆れ気味に話す由美に私は少し膨れ面で返す。
「良いじゃない。たった一人の可愛い弟なのよ。大切に思うのは家族として当たり前の事じゃない」
「いーや、あんたは行き過ぎだって。本当、あんな弟の何処が…あ」
由美の思わず出た言葉に軽く睨みつけると慌てて口を押さえ言葉を止める。
そう私には三つ下の弟、優が居るのだけど友達が言う様に全くと言って良いほど取り柄がない。
口下手で小心者で勉強も苦手でスポーツも苦手正直に言えば私とは正反対。
だけど、優にはちゃんと良い所があるのを私だけは良く知っている。
優しくて相手を傷つける様な事は絶対言わない。
それに家は小さい頃から両親が共働きで頃から忙しく家を空ける事が多かった。
その性で滞る家事を優が率先してやってくれていた。
私も最初は手伝っていたけど、何と言うか何故か私には家事の才能が一切なく優の足を引っ張るだけになってしまうので今では全くやっていない。
優はそんな子なのだ。
だから優の事を何も知らない人に好き勝手に言われると私は我慢が出来ないし相手が誰であろうとも許さない。
罰が悪そうに視線を逸らす由美の間に微妙な空気が漂う中、急に制服の裾を引っ張られそちらに顔を向けると上級生の教室に居る事に少し緊張しているのか固い表情で私を見つめる優が隣に立っていた。

「…静お姉ちゃん。お弁当持ってきたよ」
「優…ありがとう、行こうか」
頭を撫でると少しだけ嬉しそうに微笑む優に少しだけ気持ちが落ち着く。
「それじゃ、私は行くわね」
「あ、うん………はぁー怖かった。あれがなければ、完璧なのに………もう静音のシスコンぷりは末期ね」
一同は素直に頷くが、本人の前では決して言えない事だった。

「うーん、外はやっぱり風が気持ちいいわね。ね、優」
屋上への扉を開けると風が体を撫で清々しい空気を感じる。
気持ち良くなり優に方に顔を向けると、私とは打って変わって少しだけ沈んだ顔をしていた。
「うん、あの……静お姉ちゃん。さっき友達と喧嘩してたの?」
言われた事に思わずドキッとした。
「…何でそう思うの?」
「だって…ちょっと静お姉ちゃん。機嫌が悪そうだった、やっぱり僕の事で何か言われた?」
ああ、そうだった。優はこういう子だったわね。
優は気が弱いんじゃない他人の気持ちに敏感で優しい子なのだ。
その性で色々と面倒事に巻き込まれる事があるのだけど。
「もし迷惑なら僕、来ないからちゃんと言ってね。僕…あ」
それ以上、言わせたくない聞きたくない私は優の体をそっと抱きしめ言葉を遮る。
「優、それ以上言ったら怒るわよ。一緒に昼食を食べるのは私がしたいから、私にも他の人みたいに遠慮なんかしたらお仕置きするわよ」
「静お姉ちゃん……」
「優が私と食べたくないって言うなら話は別だけど」
「そ、そんな事無い。僕も静お姉ちゃんと一緒に食べたい」
「なら気にせず食べましょう」
コンクリートの床に先に座り隣に座る様に手で招くと小さく頷き私の元へ寄ってきて優は座る。
「さ、食べようか」
「う、うん。はい、静お姉ちゃん」
「ありがとう。わ、今日も美味しそうね」
「そ、そうかな?何時もと同じだよ」
褒められて嬉しそうな優は、照れ臭そうに俯く。
か、可愛い。
照れる優を見て思わず抱きしめたい衝動が湧きでてくる。
自分の手造りの弁当を小動物の様にモグモグと食べる優がとてつもなく可愛い過ぎる。
「ん、静お姉ちゃん食べないの?」
「え!?あ、あー。た、食べるわよ。うん、食べる」
「?」
思わず惚けた顔で見つめる私に優は不思議そうに首を傾げていた。
いけないいけない、せめて弁当を食べてからしないと弁当どころじゃ無くなるわ。
少しは自制しないと。
自分の衝動を抑えながら、お弁当に箸を運んだ。
弁当を食べ終え箸を置き弁当箱を片づける。
水筒に入れてあるお茶を飲みながら私達は食後の一息をつく。
「ご馳走さま。本当、優の料理食べてると外の食べ物食べれなくなるわね」
「ほ、褒めすぎだよ。僕ぐらいの人なら沢山いると思うよ」
「謙遜する事無いわ。私が保証しても良い。優は料理の才があるわ」
褒められて顔を赤らめる優は本当に可愛い。
恥ずかしそうに頬を掻きながら、優が徐に切り出してきた。
「ね、静お姉ちゃん」
「何?」
「僕……前から考えていたけど、部活に入ろうかなって思ってるんだ」
「え…」
思いもしない言葉に驚きコップを落としそうになった。
「き、急にどうしたの?な、何か脅されてたりとか…」
嫌な予感がした私は動揺する気持ちを抑えながら聞く。
「違うよ。僕も何時までも静お姉ちゃんに、守ってばかりじゃ駄目だって思ったから、このままじゃ静お姉ちゃんのお荷物になっちゃうし…」
「そ、そんな事無いわ。私は一度だってそんな事…」
「うん、静お姉ちゃんが僕を大切にしてくれてるのは知ってるよ。だけど、静お姉ちゃんは来年にはこの学校からいなくなっちゃうし僕も何時までもオドオドしている訳にもいかないから。だから、僕は変わりたいんだ」
「優…」
そこまで言われたら私には何も言えない。
優が決めた事なら私は応援する事しかできない。
「うん、分かったわ。だけど、どの部活にするの?」
はっきり言って体育系なんか、もっての外だ。
あんな暑苦しい部活優には絶対入れさせられない。
出来るなら、文化系が良いんだけど……そう思っていると優から言われた物は私が一番納得行く物だった。
「その……料理研究部に入りたいだけど」
料理研究部…あそこなら多分優も大丈夫だと思う。
嫌な話も聞かないし、友達も入部していて安心は出来るけど……あ、でも、あそこは男子部員は全然居なかったわよね。
確か女子部員しかいないはずだし……もしかして優の魅力に気づいて誰か手を出さないかしら?それはちょっと…
「静お姉ちゃん?」
「はっ!?あ、うん。何でもないわよ。優には料理の才能あるしあってると思うわ。私は応援してるから頑張りなさい」
た、多分大丈夫よね。考え過ぎよ、うん。
最悪私も入部すれば……って、私じゃ壊滅的な料理を知ってるしきっと友達から止められるわよね。
「うん、有難う。それに………沢山美味しい料理を覚えて静お姉ちゃんにもっと喜んでもらいたいから」
考え込んでいた私は優が最後に何を言ったのか上手く聞きとれず聞き返した。
「私が…何かしら?」
「え!?う、ううん。何でもないよ。独り言だよ」



それからその日の放課後、調理研究部の部室へ優は一人で行き無事入部出来た。
心配だった私は一緒に行きたかったけど、優が一人で行かないと駄目って言うから内緒で後を付けていたのは秘密だ。

それから、数日……
優は特に問題なく部活動を行っていた。
最初はオドオドしていてあまりコミニュケーションが取れなかったようけど、部員も良い人が多く今ではそれなりに打ち付けていた。
「伊藤君は手際良いわね。一年でこれだけ出来る人中々居ないわよ」
「ぶ、部長さん、そんな事ないですよ。普段から作ってただけでその……そんなにすごくはないです」
「そんな事無いって。すごいよ~。同じ一年なのにこれだけ料理が旨いなんて知らなかったもん」
「い、泉さんも、茶化さないでください」
「もうまた、敬語使う。同い年なんだからタメ口で良って」
「ご、ごめんなさ…あ、あぅー」
後々聞いてみたけど部長の、小泉さんも面倒見が良くて部員の信頼は厚い。
ぎこちさはあるけど、友達と笑っている優を見ているとこれで良かったと思える。
優が部活を始めた事で一緒に居る時間が少しだけ短かくなったのが寂しく感じていたけど私だってずっと優といれる訳じゃないしこれで良かったんだ。
部員と楽しく話す優を見ていると本当に嬉しい。
けど……やっぱり羨ましい。私も入部しようかしら………

そう思う姉であったが、案の定その願いは聞き入れられず友達の部員を始め全員からの満場一致の形で却下されあえなく轟沈した。
静音の料理って一体……

~終わり~









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