昼下がりの午後、検査も終わりやっと部屋に戻ってきた私はテーブルに備え付けてあるパソコンの電源を着けた。
どれだけ見れても広い病室一人でいる事は何時まで経っても寂しく感じてしまいます。
何時もは兄上様の写真を見て思い出に浸り寂しさを紛らわすのですけど、今日は何時もより少しだけ寂しくなかった。
壁に掛けられてる真新しい服を見つめ私は思いに深ける。
昨日の事を思いだすと自然に笑みがこぼる。
新しい思いで新しい記憶。
投げかけられた言葉、触れた掌、体に感じた暖かい温もりもその全てが私にとって最高の宝物。
本当はあのまま別れたくなかった。
兄上様となら何処へでも………でもこれは私の我儘だから今は病気を治す事が先決ね。
「あ、そうだ。兄上様に検査の連絡をしないと…」
パソコンの立ち上がった音を聞き私は夢見心地の頭を切り替えて椅子に腰かけてメール画面を開き静かにキーボードを打った。


件名:親愛なる兄上様へ…
こんちには、兄上様。
やっと、今日の検査が終わりました。
異常は特に無いってお医者さんは言ってくれました。
この調子なら近いうちにまた、兄上様と会えるのかな?…なんて。

それと先日は、私の我儘を聞いてくださりありがとうございます。
デートしたいと言う私の願いを聞いてくれただけでなく、他にもあんな我儘まで聞いてくれて本当に嬉しかったです。
思い返してみてもとても恥ずかしいのですけど、兄上様と少しでも長く一緒に居たかったんです。
それに兄上様……帰り際に約束した事まだ覚えてらっしゃいますか?
私本当に嬉しかったんです。
兄上様には何時も私に元気と勇気を貰ってばかりで何も返して上げられないのが凄く悲しいです。
何時か…何時か、私が自分で兄上様に会いに行けるぐらい元気になれた時、その時にはきっと今までのお返しをします。
だから……


メールを打つ手を離し、窓から見える青い空を見上げるとそこには自由に飛ぶ鳥の姿が見えた。
自分もいつかはあの鳥の様に自由に飛べるようにきっとなりますからそれまで……
「待っていてくれますか……兄上様」

To yesterday morning………

今日は月一回の兄上様が私に会いに来て下さる大切な日。
何時もこの時を待ち遠しいかった。
暖かい日差しを肌に感じ、噴水の脇に腰かけながら今か今かと待ちわびる。
「鞠絵ちゃん、寒くない?」
「はい、大丈夫です」
「そう。でも…ふふっ今日の鞠絵ちゃん凄くうれしそうね」
看護婦さんの言葉に頬が赤くなるのを感じた。
「ふふっ、早く来ると良いわね。じゃ無理はしないでね」
照れる私を微笑ましそうに見つめて看護婦さんは病院内に消えた。
兄上様の日は特別だけど今日はもっともっと特別で何時も以上に胸が期待で膨らんでいた。
だって……久々に病院からの外出の許可が出たから。
最近の体の調子が良ったら折角兄上様が来るならばと担当の医師さんが了承してくれました。
その事を兄上様に伝えると歓喜の声を上げて喜んでくれて私の生きたい所へ連れて行ってあげるって言ってくれたから。
私も、嬉しくてつい普段は言えない事を口にした。
それは…


「あ…」

風の流れに交じり微かに聞こえた音に私は腰を上げると同時に門の奥から一つの車が見えた。
何時も病室の窓から見える兄上様の車。
車の事は良くは知らないけど白い色彩はお兄様のさわやかなイメージとあってる気がする。
噴水で待つ私の前に止り運転席のドアから降りてきた兄上様が少しだけ罰が悪そうに私を見る。
「ごめん、待たせたかな?」
「いいえ、大丈夫です。私も今来た所ですから…」
「え?」
一度は言ってみたい言葉をちょっと口にしてみた。
兄上様は頭に?マークを浮かべていたけど、何時も本で読んでいるデートの待ち合わせの定番の台詞でずっと憧れていたから。
病院で住んでいて言うには凄く滑稽だと思ったけど。
何の事か分からない呆然としていた兄上様も直ぐに顔を戻し、私に手を差し出し何時もの優しい笑顔で笑いかけてきた。
「兎に角……行こうか。鞠絵」
「はい…」
その大きな手を取り車に乗って、数年ぶりに私は病院の門を抜け雑木林を走る。
生まれて初めての兄上様とのデートに心が徐々に高鳴るのを感じていた。
そう、私のお願いは……兄上様とのデートだった。

病院からもう数㎞を離れ、数年ぶりの町の風景を車の窓から見つめていた。
昔、見た景色とは何処か異なり自分だけがまるで取り残された様な感覚を覚え少しだけ寂しく感じてしまう。
スピーカーから聞こえる音楽を耳にしながら、私は視線を兄上様に向けた。
そう言えば、兄上様と一緒に車に乗るのも初めての経験だった。
真剣な顔で運転をする姿に思わず見とれてしまう。
「ん?どうかした。僕の顔に何か付いてるかな」
「あ、い、いえ。何でも無いです」
急に振り向かれ私は慌てて誤魔化した。
貴方に見惚れてました、なんて恥ずかしくて言えない。
「それで、何処に行くか決めた?」
「それは……」
昨日の電話で快く私のお願いを聞いてくれた兄上様にも楽しんでもらおうと自分なりにネットを使って調べてみた。
デートなんて初めての経験で何をすればデートになるのか分からないし。
人気スポットとかに行くのがデートとしては定番らしいのだけど、でもそこだと人が多く私は雑多な所は苦手ですしもし体調を壊したりするとこの幸せな一時が一瞬で終わってしまう。
それだけは嫌で、結局は決めれなかった私は何も言えないまま口籠るしか出来なかった。
本当は…ゆっくりとお店を見て回りながら何気ない話をして喫茶店に寄って一つのパフェを食べるなんて普通の人ならありふれた事をしたい。
だけど、それだと兄上様は楽しくないですし………ううっ、どうしよう。
小さく唸る私を見て兄上様はふっと小さく笑い徐に口を開いた。
「鞠絵が決めないなら僕が決めちゃうけど良い?」
「えっ……と。はい」
何も言えない自分に俯き落ち込んでしまう。
自分からお願いした事なのに失うのが怖くて決めれなかったなんて私なんか……
だけど、兄上様の言葉は私の考えてい事をまるで代弁しているかのような台詞だった。
「じゃ、まずはブティックにも行く?」
「え?…」
「折角の、お出かけなんだし鞠絵もおしゃれしてみたいだろう。知り合いがやってる店があるからさ、そこならあまり人も多くないし……」
「兄上様……あの」
「どうしたの。やっぱり何処か行きたい所がある?」
「い、いえ。大丈夫です」
「そうか。それじゃそこで良いかな?」
静かに頷くと兄上様は何時もの優しい笑みを浮かべ、そのまま車を走らせたのだった。
何で私の考えてる事が分かったんですか?


辿りついたブティックは白と黒をモチーフにしたシンプルのデザインだったけど清楚な雰囲気が出てる店内は私の好みだった。
その中の一人。
茶髪にピアスと何処か怖い感じがする男の人が近づいてきた。
思わず私は兄上様の背中に隠れる。
「お、来たな。随分と時間がかかったんだな」
「まぁーな。ちょっと道が混んでたから…その悪いな今日は」
「へっ。別に気にするなよ。それにしても……へぇ~」
じーっと見つめられて私は視線から逃げる様に顔を兄上様の背中にうずめぎゅっと抱きついた。
「ま、鞠絵?どうした」
「……」
「鞠絵、そんなに怯えなくても良いんだぞ?」
ま、まだ見られてる。
ぎゅっと力一杯抱きつく私に兄上様は困惑していた。
「ぷっ、あははははははは。聞いてた通りだな」
あ、あれ?笑われた。
何で笑われてるか分からない私は兄上様に抱きついた恰好のまま顔を離し彼を見上げた。
「お前に聞いてた通りの妹だな。確かに可愛い、可愛い」
乱暴に頭を撫でられた私は驚き一瞬びくっと反応して目を瞑った。
「お、おい。お前、あんまり乱暴にするなよ。鞠絵は体が弱いんだからな」
「あーあー分かってるよ。全くお前の妹の愛情の深さは尊敬に値するぜ」
「お、おい。何を言って」
え?兄上様が……
思わず反応する私に彼は顔を近づき小声で囁いてきた。
「鞠絵ちゃん。こいつさ普段でも鞠絵ちゃんの事ばかり話してるんだぜ?世界で一番とか可愛いとか話してる時の顔なんてもうまるで彼女を話してるような惚気さ加減で、この前なんかな……」
「わーわー言うな!それ以上言うな!!お、おまえ、余計な事言うなよ!!!」
だけど、兄上様がすぐ傍にいるこの状態では小声で話しても大して意味もなくわざと聞こえる様に話してる風にしか思えなかった。
案の定兄上様は顔を真っ赤にしながら相手の服を掴み睨んでいた。
何時も落ち付いてる大人の印象が強い兄上様が珍しく慌てふためく姿に思わず笑ってしまった。
「ぷ。ふ、ふふっ……兄上様可笑しい」
「ま、鞠絵?」
「お?」
可笑しくて笑いが止まらなかった。
取っ組みある二人は、羨ましいぐらい仲が良い風に見えてならない。
その光景が溜まらなく面白かった。
「……本気でお前の妹、可愛くないか?」
「……そんなの当たり前だろう?俺の大切な妹なんだからな。手を出すなよ」

折角ブティックに来たのだから新しい服を買おうと思ったのだけど、普段から自分で服を買う事が無い私にはどれが良いのか分からなかった。
だから兄上様に見立ててもらう事にした。
「え?僕が決めるの」
「はい、私じゃ今着てるのと似たような物を選びそうですしどうせなら兄上様が決めて下さい」
「うーん…女物の服とかあまり良く分からないけどそれでも良いかい?」
「兄上様が選んでくれた方が私も嬉しいですから」
「分かったよ。鞠絵がそう言うならしっかり選ばせて貰うよ」
私のお願いに少し困惑した様子の兄上様だったけど、実際に服を選ぶ目は真剣そのものだった。
そうして一時間私に聞きながらも選んだのは肩口に紐をかけて着る露出が少し高い青いワンピースだった。
胸にはレースのリボンのある華やかなデザインだった。
少しだけ過激な服で恥ずかしいのですけど一生懸命兄上様が選んでくれた物だもの……嫌だとは言いたくなかった。
私は心を決めゆっくりとカーテンを開けた。
「あの…兄上様。ど、どうですか?私可笑しくないですか……」
「うん、似合ってる。可愛いよ鞠絵」
兄上様からの率直な言葉に思わず顔が紅潮するのが分かる。
可愛いって言ってくれた……
私の事……
先程の言葉を何度も胸の中で浮かべる。
「ほ、本当に私に似合って…ますか?」
「ああ、本当だよ。それとも鞠絵は僕の言葉じゃ信じられないのかな?」
「い、いえ。そんな事は無いです。あ、兄上様が気に入って下さったなら私にはそれ以上の言葉は無いですから」
「じゃ、服はこれで良いかな」
静かに頷く私を見て兄上様は店員を呼んだ。
「あ、支払いは私が……」
「いいよ、今日は鞠絵とのデートなんだから僕に払わしてくれ。こう言う時は恰好つけさせてくれ」
「で、ですが……」
「良いから、鞠絵は気にしないで」
値札を見てはいないけど、これだけのデザイン相当なものである事は明白だった。
それでも頑なに貫き男であろうとする兄上様に悪いと思いながらも私は嬉しかった。
支払いを済まし、店を出た後は喫茶店へ行き二人でお茶をした。
流石に一緒のジュースは出来なかったけど、こうして居ると他の人からは私達は恋人同士に見えるのでしょうか?
それなら…例え仮初でも凄く嬉しかった。

だけど、時間は過ぎて行くもの。
刻々と終わりの時は近付いてきていた。
海辺が近いこの街は海を直に見れるスポットが数多くあった。
病院から微かに見える海を最後に見たくて私達は堤防に足を運んでいた。
「風が気持ちいいです……」
「そうだね」
空が赤く染まり日の光が海も赤く染めていた。
少し潮風が冷たくて体が震えた。
「あまり風に当たると体に悪いよ。日もくれるし寒くなるから、そろそろ病院に戻ろう?」
私の体の事を心配する兄上様。
だけど、何時もは我儘を言わない私だったけど今日だけは素直に頷けなかった。
「……もう少しだけ居たいです」
「鞠絵……?」
「お願いします。後五分だけで良いんです……後少しだけ一緒に」
病院に戻れば私は何時もの病弱な妹になってしまうから。
仮初の恋人でも良い。
せめてこの幸せな時を少しでも長く過ごしたいんです……だから。
これ以上の言葉は兄上様を困らせるだけなのは分かっているて私はこれ以上口には出来なかった。
それに、兄上様の顔を見たらきっと心が折れてしまうから……私は俯き懇願するしか出来なかった。
だけど……
「しょうがないな……」
困ったような声を上げて兄上様は自分のジャケットを開け私を胸に抱きしめてくれた。
「あ、兄上様?」
「こうすれば少しは温かいだろう」
「は、はい……凄く温かいです」
体一杯に兄上様を感じられ私は心の中まで温かくなった気がした。
今までで一番幸せな瞬間。
胸のときめきを感じてやっぱり私はこの人の事を本当に大好きなんだと改めて感じた。
兄としても、そして異性としても……心の底から愛している。
だけど私のこの思いはどれだけ行っても叶えられる事じゃない………だって、私はこの人の妹だから。
ならばせめてこの幸せな時間が一秒でも長く続くようにと心の中で私は神様に願いしました。

In front of the entrance of the hospital…

「本当に此処までで良いのか?」
結局日が暮れしまい、病院からの門限からは既に過ぎてしまっている。
私の我がままのせいで、病院からの電話に謝る兄上様を見てちょっとだけ申し訳なく関してしまう。
「はい、一緒に病院まで帰ると離れたくなりますから……」
「そうか」
「それでは兄上様。おやすみなさい」
門に向かい歩く、ここを抜ければ私はまた何時もの日常に戻りまた病室で一人っきりだ。
夢はもう終わり。
幸せな時間を過ごせば過ごすほど別れは辛いけどこの思い出を胸に私はまだ頑張れるから。
あと一歩で抜けるその時。

「鞠絵!」
突如に聞こえた兄上様の声に私は立ち止りゆっくりと振り返った。
兄上様は、何時もの優しい笑顔をして私の顔をまっすぐ見つめていた。
「また……また、一緒にデートしような」
「兄上……様?」
「僕ずっと待ってるから。今度は本当に鞠絵が行きたい所へ連れてってやるから今度はちゃんと……だから、約束だぞ!」
病弱な私の体じゃ次なんて何時になるか分からない。
もしかしたら、次なんて一生来ないかもしれない。
だけど、私にとって兄上様の言葉が全てだから…だから兄上様が願うならきっとまたがあるって信じられるから。
だから……
「兄上様!!」
嬉しさで溢れる涙を拭おうともせず兄上様に駆けより私は精一杯の力で抱きつく。
先程の言葉を私は深く胸に刻む。
兄上様が傍にさえいてくれれば、何時だって私は主役になれるから。
幸せの物語の舞台に立つ事が出来るから…だから、お願いします。
神様………これからもずっと私を兄上様の傍にいさせてください。
強く強く心の中で私は願った。

~End~







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