「すみません…荷物を持って貰って」
「これぐらい気にしないで良いってば」
「でも……」

トリステイン魔法学院所属のメイドの一人。シエスタの一日の仕事は学園内に住む生徒や先生達の炊事洗濯の用意などで毎日忙しい。
この世界では珍しい人間の使い魔であるサイトは時間を見つけシエスタの手伝いをする事がもはや日課になりつつあった。
無邪気に笑い純粋な気持ちで手伝ってくれるサイトに対してシエスタは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だが、この学院での生徒だけでも数百人はいるため洗濯一つにしても大変な仕事量で手伝ってくれる事自体は決して嫌ではない。
(手伝って貰えるのは嬉しいけど、して貰ってばかりじゃ悪いもの。でも……)
隣でシエスタの運ぶ筈だった大きな洗濯籠を持ち運ぶサイトの方にちらりと視線を移した。
ちょっとぼさっとした髪と少しきつめの目元。
芯がまっすぐで正義感の強く優しいサイトの事をずっと前からシエスタは心を寄せている。
だから、一緒に入れるこの時間はシエスタにとって至福の一時でもあり結局はサイトの好意を無下にする事は出来ないのだった。

「よし、これで最後かな」
「ありがとうございます。サイトさんのお陰で助かりました」
「はは、ただ荷物を運んだけだよ」
「それでも嬉しかったですから、感謝してます」

最後の洗濯ものを竿に干し、中庭にはシーツの白い風景が広がっていた。
風が撫でゆらゆらと揺らしシエスタとサイトの頬を撫でた。

「風が気持ちいいですね」
「そうだな。天気も良いしこんな日は、ピクニックでも行きたいよな」
「あ、それ良いですね。それなら…今度の休みの日に何処かへ出かけませんか?私お弁当作りますよ」
思わずぽろりと零れた言葉の意味に気づきシエスタは頬を染めた。
(こ、これじゃデートの誘いじゃない。何言ってるのよ私…)
高鳴る鼓動をばれないように平静を装いサイトの顔を恐る恐る覗きこむと、顎に手を当てて少し悩む仕草をしてそしてにっこりと笑いかけた。
「うん。良いなそれ。都合が合えば一緒に行かないか?俺もこことトリスタニア以外あまり知らないし」
「あ……はい!是非」

思わぬ所で、デートの約束が出来てしまった事にシエスタは嬉しさで胸が一杯になる。
はしゃぐ気持ちが止まらず、思わずサイトの腕に腕を絡めギュッと抱きしめる。

「ふふっ。私頑張ってお弁当作りますから、楽しみにしててくださいね」
「あ、うん。そう…だな。楽しみにしてるよ」
流石にこの行為にサイトは照れたのか頬を染め視線を逸らすがまたその表情もシエスタの心を躍らせる。
(こんなに人を好きになったの始めてかも。サイトさんとデート、楽しみだわ♪ ………って、あれ?)
夢み心地で、何時か訪れるデートのプランを思い描いているとサイトの服の肩口の所に小さな穴が目に入った。
いや、良く見るとそれ以外の所も所々ほつれが目立ちだいぶ痛んでいた。
「サイトさん、上着に穴が」
「え…あ、本当だ。ずっと着てるからな」
サイトがこの世界へ召喚されてから、ずっと愛用している服。
ファンタジックなこの世界では危険な事も少なもなく、無茶をするご主人様に付き合いその苦労は服にも表れているようだった。
「新しい服は買わないんですか?それとも……ミス・ヴァリエールは洋服代も出してくれないとか」
彼女の、凶暴っぷりを何度も目の当たりにしているシエスタはあり得る……と一瞬思ってしまったがサイトは「そんな事は無い」と苦笑を浮かべていた。
「ルイズからも何回かは言われているけどさ、この服は数少ない俺の世界の物だしずっと着ていたから愛着もあるしね。なんか、捨てれないんだよ」
「あ、そう…ですよね。ごめんなさい……何か無責任な事言っちゃって」
無神経に告げてしまった言葉が申し訳なくて顔を伏せるとサイトは慰めるようにシエスタの黒い髪を優しく撫でてきた。
「気にしないで良いってば。シエスタは俺の事を思って言ってくれたんだろう?その気持ちはすごい嬉しかったからさ」
「サイトさん……」
彼の優しさが嬉しくて抱きつく腕の力が増す。
押しつけられた放漫の胸が潰れサイトの腕に甘美な感触が伝わる。
(うっ…シエスタって本当胸が大きいよな。む、胸の感触が伝わって……やべぇ)
理性と欲望が激しくせめぎ合いサイトの意志は揺れまくっていた。
男にとってはこの胸はこの世のどんなものより脅威であると言えよう。

「サイトさん」
「な、なんでしょうか」
「良かったら私が手直ししましょうか?」
「え?治してくれるの」
「はい、実家では近所の子の面倒とか見てましたから慣れてるんですよ。結構やんちゃな子が多くてよく破ってましたから裁縫も得意なんです」
その申し出にサイトは一瞬悩むが、シエスタと一緒に入れる時間が増える事に異論は無かった。
服も治って、シエスタと入れるまさに一石二鳥。
返事は決まっていた。
「じゃ…お願いして良いかな」
「はい。それでは、私の部屋に行きましょう」
「え?行くって今からシエスタの部屋に」
「はい。裁縫道具は部屋にありますから。さ、早く行きましょう!」
「ちょっと待てって、そんな強く引っ張るなよ!」

そしてシエスタに引っ張られるままに訪れた部屋。
床に座り、サイトは目の前で器用に針を通し破けた個所を丁寧に繕うシエスタを黙って見ていた。
給仕の部屋だからなのか、やはり貴族が使う学生寮の部屋とは大きさや華やかさは低い。
だけど、部屋の中から花のような甘い匂いが香りまるでシエスタに包まれているような感覚に陥るのが不思議だった。

「へぇー、随分上手いもんだな」
「そうでもないですよ。私の村の女性ならこれぐらいは誰でもできます」
「そっか………そう言えば子供の頃は母さんに良くこうして治してもらってたなー」
「お母さまにですか?」
顔を見上げ見つめてくるシエスタの視線に子供のころを話すのが照れ臭くて鼻の頭を掻きながらゆっくりと続きを話す。
「ああ、子供の頃は今よりももっとやんちゃだったからな。泥だらけになって良く服を破いて帰ってきてたから」
「あ、なんだか想像できます」
即答された事でサイトは何処か微妙な表情を浮かべていた。
「…それって子供の頃から成長してないって言ってる?」
「まさか、そんな事無いですよ。サイトさんの子供の頃は知らないですけど、笑ってる時の顔が子供のように無邪気で可愛いですから、そうなのかなって思って」
「か、可愛いって……」
男なのに可愛いと言われサイトは複雑な心境だった。
だけど、決して貶していない優しい笑みを浮かべるシエスタに言われ不思議と悪い気持ちには一切ならなかった。
むしろ、嬉しいと言うか懐かしいと言うか……微笑んでいる顔がまるで母親のように温かくて胸の奥から不思議な気持ちが湧きあがりポカポカしてきた。

「シエスタってさ……良い母親になれると思うよ」
「えっ!?な、何をいきなり……痛たっ!」

つい、漏れたサイトの本音に動揺したのか手元が狂い針を自分の指に刺して悲鳴を上げた。
「だ、大丈夫か?シエスタ」
「あ、はい大丈夫です…あ、血が出てる」
確かに針が刺さった個所から小さな血溜まりが出来ていた。
サイトは怪我をした手を握りそのまま自分の唇に入れた。
「さ、サイト…さん?」
「じっとして」
怪我をした指を舐めひとまず唾液で消毒をしておく。
舐める度にビクビクとシエスタの体が震えた。
(さ、サイトさんが私の指を舐めて……な、何でこんなに気持ちいの?)
サイトは善意でやってくれているのだろうが、それとは無関係にシエスタの体は徐々に熱を持ち始め頬を赤く染め上がるのを感じた。
(だ、駄目。こんなこと考えたら…あ、でもサイトさんの舌の感触と温もりが伝わって、だめ…………なんか入っちゃう)
なるべく意識しないように目を瞑ってみるが、視覚をカットした事で逆に指の方に集中してしまい余計に意識をしてしまう。
「ちゅ…これぐらいで大丈夫かな。後はハンカチを…よしこれで大丈夫。ごめんシエスタ、変な事言った性で怪我を……まだ痛い?おい、シエスタ」
「………」
完全に陶酔しきっており無反応だった。
その事に全く気づかないサイトは、シエスタに近寄り顔のまで手を振る。
「おーい、シエスタ。聞こえてるか、シエスタさーん」
全く聞こえてないようだ。
そして、今のシエスタの脳内では微妙にいけない妄想が展開中だった。
(そんなサイトさん…こんな所で、するなんて…あ、でもサイトさんがいいなら私は別に、だって私はサイトさんの妻…きゃ♪言っちゃった、言っちゃったよ)
訂正しよう。
微妙ではなくかなりヤバい妄想だった。
お見せできないのが残念なぐらいかなりいや~んな事がシエスタの脳内では展開されていた。
留まる事が知らないシエスタの妄想は体にまで浸透し、やっとサイトと目があったシエスタは未だに虚ろな惚けた表情。
徐にサイトの肩に腕を回しそして……

「んっ!?」
「ん……」

いきなり唇を重ねてきた。
サイト方も突然の事で反応が出来ず成すがままにされていた。
だが、シエスタの行動はそれだけで終わらなかった。
唇を強く重ね、腕の力も半端なくまさに貪り食らうようなキス行為。
(し、シエスタ!?ちょっと、ま)
(ん、…サイトさん。もっと…)
(ん~~~~!し、舌が入って……!?)
普段の清楚な態度とは一変した大胆な行動に一応被害者に見えるサイトは、たじたじだった。
強引に離す事もできず、なすがままにされていた。
だけど、サイト自身も決して嫌な訳ではなくむしろ気持ちが良い。
弱い抵抗を試みるサイトだったが、口内から襲う甘美な感触とシエスタの吐息に段々と理性も削れてきてもはや限界だった。
(っ…これ以上されると俺も我慢が……ああ、くそっ!)
我慢の限界を超え高ぶった劣情は止まらず、シエスタの胸を鷲掴みにする。
まさに掌から零れるようなボリュームに、上品質なクッションのような弾力性。
男にとって最強の兵器にサイトも色々んな意味で臨界点を突破しそうだった。
シエスタもやっと満足したのかゆっくりと離れた。
長い間重ねていた唇は、半透明の粘りを作り垂らしており扇情的に見える。
「…サイトさん。私……わた…しってあれ?ここは私の部屋、何で…」
「シエスタ…?」

ようやく正気に戻ったシエスタは、今の状況に固まり先程の妄想と今の現状を照らし合わせ一つの結論に行きついた。
いわゆる、やっちまったな!だった。
何処かの褌のハゲの芸人が餅つきをしながら叫んでる風景が浮かんだがそんな事よりもシエスタは自分の行動に顔面真っ赤になり慌てて離れた。
「ご、ごごごごごごめんなさい!わ、私、ぼーってしていて意識飛んでてそれであの……勝手にこんな事してごめんなさい!!」
頭を地面に付けて平に謝るシエスタの姿にサイトは呆然としていた。
(わ、私ったら妄想してこんな……馬鹿馬鹿馬鹿!強引に迫ってキスなんて……厭らしい)
羞恥心と罪悪感、が鬩ぎ合いまともにサイトの顔が見れなかった。
後悔の念は消えず、湧き出て来るのは彼に嫌われる事への恐怖だけだった。
この暴走のせいでスケベな娘と思われ、幻滅されたらもう生きてはいけなかった。
溢れる感情は止まらず涙が止めどなく溢れ今はひたすらに謝る事しか出来なかった。

「……ごほん。えっと、シエスタ。怒ってないからとりあえず顔を上げてくれ」
「うぐっ…でも」
「良いから」
「はい……」
顔を上げると涙でくしゃくしゃで目が腫れて酷い有様だった。
「何であんな事をした?」
「それは……」
これ以上恥を晒したくないシエスタは口籠るしかなかった。
どう弁解した所で彼に劣情を抱き、暴走した事は変わりがない。
そんな事言える筈が無かった。
「出来るなら教えてくれないか。俺はシエスタの本心が知りたいだ」
そう思っていたのだけど、見つめる彼の視線が何時ものように優しくて暖かくて本当に好きだったから、シエスタはこれ以上嘘は付けなかった。
「……きなの。好きだったの。ずっとずっと好きだったから、我慢できなくて……それで我慢が出来なくて……ごめんなさい!」
こんなみじめな告白は無い。
受け入れられる筈が無い。
絶望感が遅い胸の奥から激しく痛みが襲う。
溢れる涙は止まらず、嗚咽を漏らす。
何もかもが終わったと思った……だけど。

「シエスタ…その、ありがとう」

「………え」
聞こえてきた優しい言葉に、涙が止まり顔を上げサイトの顔を見つめた。
照れた顔をして、恥ずかしそうに頬を掻く表情は何時もの彼の素顔だった。
「嬉しいよ。俺もシエスタの事は俺もずっと好きだったから」
「そんな……う、嘘です。こんなHな……」
「嘘じゃないよ。証拠に…」
「あ……」
先程とは違い重ねるだけの優しいキス。
だけど、サイトの気持ちが伝わるにはそれで十分だった。
「シエスタにはこの世界に来てから世話になってたし、俺の事をいつも見守ってくれていたから。こんな事でシエスタの事を嫌いになんてなれないよ」
「サイト…さぁん」
「あ、ああ~。また泣く。泣くなってば」
「で、でも嬉しくて……わ、私で本当に良いんですか?」
「ああ。シエスタが良ければだけどね」
「そ、そんな事無いです!私もサイトさんの事大好きですから……もう私サイトさんしか好きになれません」
「はは、ありがとう。ほら涙を拭かないと」
ひとしきり泣き気持ちが落ち着いて来ると、シエスタは徐に口を開いた。
「あの……サイトさん。私とサイトさんは恋人同士………なんですよね」
「ん?そうなるかな」
「それじゃ…あの……良かったら、続きをしませんか?」
「続きって……何の?」
「む……えい!」
いまいち意志が伝わってないのか首を傾げるサイトにシエスタは少しむっとした表情になり軽く突き飛ばしその場に押し倒して馬乗りの格好になる。手を後ろに回しエプロンのリボンを外し服をはだけ白い柔肌が覗かせた。
「サイトさんの鈍感!………もちろん、さっきの続きの事ですよ。サイトさんHな私も好きだっていってくれましたよね?」
「え?あ、うん。そうだけど……」
「ならもう我慢なんてしたくないんです。ずっと想像していたんですよ?サイトさんとのH ……女の子だって結構凄いんですから」
「し、シエスタ?」
「ふふっ…サイトさんがしないなら私から、しちゃいますからじっとしていて下さい」
妖艶な笑みを浮かべぺろりと唇を舐める。まるで獲物を狩るような肉食獣の視線に思わずサイトの背筋はぞくりとした。
理屈ではなく直感で身の危険を感じていた。
「し、シエスタさん。なんか目が怖くないですか」
「気のせいです。それよりも……もう限界です。一緒に気持ち良くなりましょう」
「ち、ちょっと、落ちつこうな。な、シエ………あ、あああ!!」

この数分後、響いたサイトの叫びは歓喜のものか悲痛なものかは定かではなかった。
南無。

~End~












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