河野貴明。
お姉ちゃんのクラスメイト。
ついこの前まで病院で入院していた私にお姉ちゃんと一緒にやってきたが初めての出会いだった。
第一印象は、お姉ちゃんの言ってた通りの優しそうな男で、病弱な私を気にしてか頼んでも居ないのに度々やって来きていた。
そして、奥手なお姉ちゃんが妙に気にしてる奴だ。
入院中からお姉ちゃんの話の大半があいつの事で占めてたし、からかうと顔を真っ赤にして誤魔化していた。
本当に我が姉ながら分かりやすい性格だと思う。
河野……貴明か。
確かに、顔はまぁまぁ良いとは思うし悪くはないと思うけど、そんなにあいつが良いのかしらね。
お姉ちゃんに聞くと“河野君優しいし一緒に居るとすごく落ち着くの”と、照れ臭そうに話していていた。
その時は半分呆れ気味に聞き流していたが、お姉ちゃんの言おうとしてる事は私もなんとなく理解は出来ていたのかもしれない。
口では卑屈になっても、私もお姉ちゃんと同じ気持ちかもしれないから……

ある日。
買いたい本があり放課後にたまたま商店街へ寄った帰り道。
夕暮れ時に賑わう商店街の大通りで、私の先に見知った男の後ろ姿が見えた。
誰かと話してるみたいだが人通りも多くここからじゃ相手が良く見えなかった。
少し気になるが邪魔するのも気が引けるし通り過ぎようと歩を進めた。
しかし二人に近づくにつれ隣に立っているのが女性である事が分かり私は思わず足を止めた。
20歳ぐらいだろうか蒼い青のセミショートの髪に、時折見せる笑顔が女の私から見てもドキッとするぐらい綺麗で可愛いらしいのが印象的だった。
見た事がない人ね……あいつの知り合い?何処で?
それに、良く見ると耳に変なアクセサリーを付けてるし今時はあんなのも流行っているんだろうか?
肝心のあいつの方をみると、楽しそうに談笑をしていた。
なによ、あいつ随分楽しそうじゃない。
なんだか普段見た事がないぐらい屈託ない笑顔を彼女に向けている事に気づいた私は複雑な心境だった。
ヘラヘラしてだらしない……。
あいつとは何でもない、お姉ちゃんが好きな男の子でただの知り合い程度…の筈なのに、なんか落ち着かない。
結局無視できなくなった私は軽くため息を吐いて二人に近寄った。
ただ知り合いだし何も言わずに通り過ぎるのも悪いと思っただけだから。
それだけなんだから。
内心変な良い訳をしつつ、二人の声が聞こえる所まで辿りついた。
「ちょっとあんた…」
私は声をかけようと話をかようとしたが、しかし二人の会話を耳にし途中で固まってしまった。

「あ、そうだ。貴明さん、最近全然家に来て下さらないじゃないですか?珊瑚様も瑠璃様も寂しがってましたよ」
え…?
「あー。そうだけどさ……何時も女の子の家にお邪魔すると悪いしね…」
その言葉に唖然とする。
家に来ないって…しかも最近までは頻繁に来てたって事?
「あら?そんな事気になさらなくても良いんですよ。貴明さんは私達の大切な人ですから余計な気遣いは無用です」
「た、大切な人って…」
「私達の事…お嫌いですか?」
「い、イルファさん!?」
傍に居る私に気づかないのか女性はあいつの腕に自分の腕を重ね体を寄せた。
驚く素振りをみせるけどあいつも満更じゃない様子だった。
「貴明さんどうなんですか?」
「い、いや。嫌いじゃ…無いけど」
「嫌いじゃないだけなんですか?」
さ、更にぴったりと!?
「えっと………好きだよ。イルファさんも珊瑚ちゃん達も」
……何ですって?
照れ臭そうに頬を掻きながら話す河野貴明の言葉に、私は絶句する。
そして私の中で何かが叫んでる気がした。
それが何か私には分からない。
分からないけど、あいつの言葉に胸の奥がズキズキ痛む。

「嬉しいです♪私も貴明さんの事大好きですよ」
「は、はははは」
まるでバカップルさながらな、二人を見ているととてつもなく嫌な気分になる。
私はもう声をかける事なんて出来なくただ立ちつくしていた。
「あら、貴方は…貴明さんの知り合いですか?」
「え?あ…郁乃ちゃん。どうしたの、こんな所で会うなんて奇遇だな……って、ちょっと!?」 あいつの声を聞き終える前に私はその場を走り去った。
何でこんなに痛むの?
あいつは只の、お姉ちゃんの知り合い。
病院には、あいつのお節介で来てるだけ私は何も感じてない。
感謝もしてない。
嬉しくなんて……ない。
無いのに……
なのに、あいつのあんな顔を見るのがどうしようもなく嫌。
病気の時よりも、苦しくて痛い。
私は、逃げ出す様にその場を駆けて家に向かった。


「ただいま…」
「あ、お帰り郁…乃?どうしたの」
「何がよ」
「何だか悲しい顔してるよ。何かあったの」
「別に何も……」
それ以上は何も言わずスリッパに履き替え通り過ぎる私の背中を心配そうに見つめる姉貴に軽くため息を吐く。
全く…姉貴も姉貴よ。そうやってぽけーっとしてるから、あいつ取られてんじゃない。
思わずそんな愚痴がこぼれる。
大体あいつもあいつよ。
人に優しくしといて、自分はちゃっかり…別に私はあんな男好きでもないんだから。
だけど、胸の奥のズキズキは止まらない。
何だか不公平だ。
私は階段を上がる足を止め、振り返らずにお姉ちゃんに教える事にした。
「お姉ちゃん。私見ちゃったんだけど、あいつの…」
「あいつ…あ、河野君の事?」
「そう、あいつよ。綺麗な女性と腕を組んで楽しそうにしてた。随分親密な感じだったけど……お姉ちゃん知ってた?」
こんなの、ただの当てつけでしかない。
意味が無い事も知っている、ただ他人事のようにしている姉貴がムカついただけだ。
だけど、姉貴の言葉に私は驚いた。
「…知ってるよ」
「え?」
「河野君。1年の子と付き合ってるの知ってるから」
「何で…?」
「だって、河野君優しいもん。他の女の子も思ってるの知ってるし、郁乃だって嫌いじゃないんだよね。むしろ、」

「っ、うるさい!もう良いわよ!!馬鹿姉貴!!!」

大声をあげ姉貴の言葉を遮り私はそのまま自室に駆けこんだ。
分かって無かったのは私の方だ。
私は多分あいつの事が……

~End~



***後書き***
小ネタ集東鳩2第三段。
初めての郁のんネタっす。
設定的には姫百合姉妹ED後の郁乃登場してるみたいな感じ?
あの三人の恋人関係が他のヒロインから見たらどうなるかーって感じで書いてまっす。
書いてるうちにこれ由真の方があってるんじゃねー?と思いました。w
郁乃も貴明の事をあくまであいつと名前を呼ばないのも一種の照れ隠しですね。
しかし、最後の愛佳の反応が妙に達観してますの~。(;≧A≦)






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