知らなければ良かった。
出会わなければ良かった。
そうすればこんなにも苦しくなる事なんてなかったのに……

アイドルとしてデビューして半年を超え私と美希のアイドルユニット“Twin angels” は順調に人気伸ばしていた。
このままいけば、きっと念願のトップアイドルに……希望が現実になるのも夢じゃないと思う。
そうすればきっと空にいるあの子にも私の歌が届くの筈だ……それが私の夢でたった一つの拠り所だったから。
だけど………今の私の心は別の事がある人の事が頭から離れなくなっていた。

「あの…プロ……」
「プロデューサー~~♪ 今日の美希はどうだった、頑張ったの~」
とあるバラエティー番組の収録後、控室に戻るなり美希は私の声を遮って嬉々としてプロデューサーに飛びつく。
「おっと…こら美希。急に飛びつくなって何時も言ってるだろう」
「ごめんね。それよりも、今日の美希どうだった。ね、ね♪ 」
叱られているのにも関わらず全く悪びれずに、プロデューサーの腕に抱きつきながら何度も聞く。
そんな美希を見てプロデューサーは“全く……” と呆れながら呟きつつ空いてる手で金色の髪をそっと撫でた。
「もちろん、良かったよ。頑張ったじゃないか」
「えへへっ」

何時ものスキンシップを始める二人。
美希の過激なスキンシップに何時も困ったように笑うプロデューサーだが、満更でもないのは表情を見れば分かる。
何か、最近の二人は異常なぐらい仲が良い気がする。
一体何時からだっただろうか……美希が仕事に対して積極的に行動するようになってから二人の関係は明らかに変わっていた。

ズキリ…

仲睦まじい二人を見てると胸の奥がもやもやしてくる。
何でこんなに苦しいの?
分からない……一体私はどうしたんだろうか。

「そういえばさっき千早何か俺に聞こうとしてたんじゃないか?何かあったのか」
「それは……いえ、何でも無いです。気にしないでください」
「そうか」

心が痛い……

二人と居ると感じる疎外感。
私だけ別世界にいるような錯覚を覚え酷く落ち着くかない。
傍から見るとまるで恋人のように映る二人の傍にいるのが今はとても辛かった。
いやそれだけじゃないと思う。
きっと私は素直にプロデューサーに甘えられる美希が…………羨ましかったんだと思う。

そして、数日後……
仕事が終わり事務所に帰ってきた私は一人で更衣室に向かった。
プロデューサーの車で一緒に帰ってきた筈の美希もさっきまでは一緒だったのに知らぬ間に何処かに行っていまい今はもういない。
最近、美希が居なくなる事が多いような気がする。
まさかまたプロデューサーと……あの二人もしかして……?
嫌な予感を感じつつもそんな訳ないと不安を振り払う。
アイドルとプロデューサーが関係を結ぶなんてありえない。
手早く着替えを済ませた私は帰る前にプロデューサーに一言挨拶をしようと思い事務室へと向かった。
しかし、事務室へと続く廊下の通り道にある応接間の前を通る時、中から微かに音が聞こえてきた。
今日は765芸能プロダクションには仕事で皆、出払っておりここには先程帰ってきた私達以外誰もいない筈だった。
可笑しいと思いつつ耳を澄ますと、美希の声が微かに聞こえる。
まさか……脳裏に過る不安を感じ私は扉をゆっくり開けた。
そして視線の先に飛び込んできたのは私にとって見てはいけない光景だった。
知ってはいけない事だった。
そこにはプロデューサーと美希が強く抱き合いキスをしている所が目に入った。
まるで映画のワンシーンで出てくるような熱いキスと互いに淫らにはだけた服装。
何があったのかは一目瞭然…だけど、ショックを受ける私には何が起きているのか理解出来なかった。
理解をしたくなかった。

「ちゅ……ハニー…大好きなの♪ もっと頂戴」
「美希…これ以上はまずいって。そろそろ戻らないと千早が怪しむぞ」
「大丈夫なの。今日の仕事はもうないし、千早さんも今日はそのまま帰るって言ってたしそれにあと一回だけ、膣内でハニーを感じたいの……駄目?」
机に座り片足を上げて厭らしく媚びを売る美希に生唾を飲み込み頬を掻きながらもプロデューサーは美希の腕を取って机の上に押し倒した。。
「ごくっ。うっ、ん……しょうがないな。あと一回だけだぞ」
「うん♪ ハニーで美希を一杯にして」

強請る美希のお願いを素直に聞き入れ二つの体が重なり合う。
扉から覗く私なんか気にも留めないで、二人は淫欲の衝動のままに愛し合い甘い声を上げていた。
「ん…良いのハニー♪ もっと、して…ハニーで一杯にしてぇ、」
「くっ…美希!ああ、一杯してやるよ。これからもずっとな」
私なんか始めから居ないように、存在しないように熱く抱き合い思いを重ね合う。
その姿に、立ち寄れない二人の雰囲気に私の中で何かが壊れたような気がした。
私にはその場から、逃げるように走り去る事しか出来なかった。
誰もいない温もりもない、家族と言う言葉すら冷え切った自分の家に帰り部屋に戻った。
はぁはぁ。なんで……プロデューサーと美希が………やっぱり……
765から走ってきた私は荒い息を吐き力が抜け崩れるように床に座り込む。
疑問が確信に変わり、あの光景が頭から離れない。

二人は付き合っていたの…

何時から?

何で?

分からない……分からないの。二人を見てると感じるこの気持ちは何なの?

何でこんなに苦しいのよ?くっ……

胸の奥から湧き上がる感情が今までの私を確実に崩していく。
零れ落ちそうになる涙を必死に耐える。
だけど、不安定な心は今まで隠してきた自分を少しづつ曝け出してゆく。そして幻聴なのか頭の中から自分を嘲笑っている声が何処からか聞こえてきた気がした。

“ふふっ。可哀そうな千早……強情を張るから、あんな子に取られてしまうのよ”

それはまるで、私自身に見え惨めな私を蔑んでいた。

“貴方はもう分かってるんでしょう?本当は人に甘えたいんでしょう?プロデューサーに甘えたいんでしょう?……あの子のように”

違う!私は!!

“強がって何になるのよ。両親みたいにバラバラになりたいの?本当は一人が怖いのでしょう”

そんな事無い!私はあの人たちのように弱くない!!一人でも、大丈夫だから!!!

“ふふっ……またそうやって虚勢を張る……貴方は温もりが欲しい、愛情が欲しい。それをプロデューサーに求めていた…だから素直に言えない自分が苦しいだけど、求めてしまったら弟のように失ってしまうのが怖いんでしょう?”

っ…!?それは……

“貴方も、美希と同じ様にして欲しい。愛して欲しい。千早、素直に認めなさい”

わ、私は……

“このまま何もしないまま見てるだけだと、いずれプロデューサーもあの子のように…弟のように貴方の前から本当に消えてしまう……それでも良いのかしら?”

ドクン!

その言葉に大きく胸が高鳴り、動悸が激しくなる。
先程のプロデューサーと美希の光景が脳裏に浮かびあがる。
今まで見た事が無い惚けた顔。
仕事の時とは違う情けなくだらけた素顔。
絡み合う二つの体。
プロデューサーの目に映るのは私じゃなく今まで足手まといだったあの子。
今まで頑張ってずっと彼を見てきたはずなのにそれなのに、居なくなる……また私の前から………そんなの……嫌………
プロデューサー……私だってあんな事ぐらい出来ます。
貴方さえ望んでくれれば……
揺れ動き止まらない感情は心を大きく揺さぶり無意識に自分の手を股先に向かわせゆっくりと触させる。
「んっ」
今まで触れた事が無い繊細な部分に生まれて初めて感じた感触に体が思わずびくりと震えた。
ぎこちなくズボンを脱ぎ白い簡素のショーツ越しに触れ刺激する。
次第に粘着質な音が聞こえてきてショーツに染みが滲み始める。
プロデューサーに触れられてるそう思いながら、愛撫を続けると次第に歯止めが効かなくなり徐々に大胆になっていく。
「ふっ…ん、ぁ……プロ…デュー…サー……」
あの場にいた美希を自分に重ねながら自慰を続ける。
いけない事だと知りながらも指の動きは止まらない。
逆に甘い喘ぎ声が口から洩れ指の動きは激しさは増していった。
「もっと…プロデュ…ーサー。お願い、私だけを見て…んっ……はぁ」
思いが溢れ、気持ちが高ぶる。
心の中に生まれる淡い感情が劣情に火を着けて歯止めが効かない。
くちゅくちゅと音が聞こえて恥ずかしさで顔を真っ赤に染めながらも手の動きは止まらない。
「プロデューサー……プロ……デュー…サぁ……んっ、イ、イク。イクの!」
唇を噛み体に走る初めての絶頂にビクビクと震える。
絶頂の余韻で上手く動かない体を仰向けに倒し先程まで自分の性器に触れていた手を視界に翳した。
濡れてる……初めてでこんなに……
ぐっしょりと濡れて半透明の液を垂らし、初めてみる愛液はツンと鼻につく独特の匂いだった。
気持ちは良かった。
そして今まで気づかなかった事がやっと分かった。
私は…プロデューサーの事が………だけど、それを気づいた所で何も変わらない。
それどころか自慰行為に浸り、淫らに喘ぐ自分に感じるのは後悔と惨めさだけだった。
こんな事した所でただの自己満足。
プロデューサーは私ではなく美希を見ている。
今の私ではもう、彼の傍にいられない。
笑う事も、歌う事も出来ない。
自分の弱さと気持ちを今更知った所で何が出来るのと言うのだろう。
何時もそうだ……私は無くしてからその大切さを気づく。
何で私だけ………
「くっ。うっ……あぁああ」
溢れる涙は止まらず嗚咽が漏れた。
あの子が手の届かない所へ行ってしまったあの日以来の涙。
惨めで情けない私には、泣き続ける事しか出来なかった。
先程まで聞こえていた声はもう聞こえない。
あれは幻聴だったのか、幻だったのか分からない。
だけど、夢であろうと私は…………

その日から、私は今まで通りの自分を続け、何時も通りの如月千早を演じていた。
あの日、目にした事も行為も、あの日気づいた気持ちもまるで夢であるように心の奥底へと仕舞いこんだ。
だけど、仲睦まじく話す二人を見てると心の奥底から冷たい痛みが走り続けそんな虚勢の仮面を徐々に削っていく。
今の私はもう只の抜け殻の存在だ。
以前のように心が出ないのが自分でも分かる。
こんな私じゃもし新曲が決まった時歌える自信が無った……

そんな日が続く事更に幾月…とうとう私達の今年最後になるであろう新曲の発売日が決まってしまった。
この歌がヒットすれば念願のトップアイドルになれる可能性は出て来る所まで私達は来ていた。
昔の私ならば、喜んでいただろうが……今の私は気持ちが乗らない。
プロデューサーと美希のキスを見てからあの日の行為をしてからこれまで演じ続けた私の心はとっくに限界を超え抜け殻同然だった。

「今度のCDはこれを出すからな。発売日は来月の中旬、発売のミニライブも企画してるから忙しくなるぞ」
新曲のレッスンの為にスタジオに呼び出された美希と私にプロデューサーは真新しい楽譜を渡してきた。
曲名は……“relations”だった。
あれほど歌いたかった歌なのに今ではもう心が奮わない。
それでも今の自分が出来る事を成すために歌詞に目を通した。

瞳に焼きついたのは アナタとアノコの笑顔
切なく苦しいけど
聞くだけならば簡単じゃない

これは……?
まるで今の私の心のような歌詞に私は思わず息を飲んみ楽譜を持つ手が震える。

「relations…。これが美希達の新曲なの?」
「ああ、難易度は高いけど今の二人ならきっと歌えると思うからな。千早も良いよな」
「……」
「千早?……おい、千早!」
「……プロデューサー?何か言いましたか」
「何度も呼んでたんだぞ、聞いてなかったのか」
「はい……すみません。ちょっと考え事をしてました」
「そうか。それだけなら良いんだが……さ、練習を始めるぞ」
「はーいなの!」
「……はい」

レッスン開始……だけど、その日の出来は今までで私の中では最悪のレッスンだった。
軽快に踊り歌う美希に対し、固く動きが鈍り歌詞を間違えつまってしまう私。
今までにないミスの連発に美希は戸惑いの表情を浮かべプロデューサーも何気ない素振りをしていたがその表情は何処か険しかった。
「……とりあえず、今日はここまでだな。この後も仕事はないし、美希は着替えて帰っても良いぞ。千早は……ちょっと残れ、良いな」
「はい……分かりました」


二人だけでスタジオに残りフローリングの床に並んで座る。
膝を抱え顔を埋め落ち込む私にどうしたらいいのか分からない。
プロデューサーは隣にいるだけで何も聞いてこなかった。
あれから30分…互いに無言のままで時間だけが過ぎてゆく。
やっと沈黙を破る様にゆっくりとプロデューサーが口を開いた。
「その……な。千早、何かあったのか?」
言葉を濁しながら聞くプロデューサーに私は答えなかった。
「最近の千早、なんか変だぞ」
変…確かに今の私は変かも知れない。
「何か悩みでもあるのか?俺でよければ相談に……」
「……もうやめてください!」
プロデューサーの優しさが今はとても辛い。
これ以上私を惨めにさせないで……
「ち、千早?」
「もう私はダメなんです……私は昔のように歌は歌えません。アイドル失格なんです」
淡々と告げる私にプロデューサーは声を荒げ私に問いただしてきた。
「な、何を言ってるんだ?なんでだ?何かあったのか」
「………」
「何か言ってくれ!俺に出来る事なら何でもするぞ。それとも……俺が何かいけなかったのか?」

思いがけない言葉にプロデューサーは動揺し必死に私を気遣ってくれる。
理由なんて…貴方しかないじゃない。
貴方に出会ったから…
貴方が私の心を開ける…
貴方が美希を選んだから…
心がズキズキと痛み何が正しいか分からなくなり今までの如月千早を確実に壊してゆく。

「本当に……なんでもしてくれるんですか?」
「あ、ああ。俺に出来る事ならばな」
「そう…ですか……それなら」
その答えに空虚な笑みが浮かび、もう私の心の中には今後の事も歌う事もどうでも良くなっきていた。
今思う事は唯一つ……この人の傍を離れたくない。あの子に渡したくない!

静かに立ち上がり私はプロデューサーを虚ろな目で見下ろす。
歌が歌えない私にはもう失うものなんて何もないから……
練習用のジャージの上着に手をかけチャックを外し脱ぎ始めた。
「千…早。な、何を……」
汗で濡れて透けた白のシャツが私の体に張り付きラインをくっきりと醸しだしそのままシャツも脱いで、ズボンにも手をかけた。
衣服を脱いだ今の私は、下着一枚のあわれもない姿をプロデューサーの前に曝け出し羞恥に赤く染めあげながらも腕を背中に回して未成熟な体を隠そうとはしなかった。
プロデューサーは突然の私の行動に驚愕し視線を忙しなく動かす。
「な、何をしてるんだ。あ、アイドルがこんな事をしてはダメだ!」
「駄目って…何ですか?」
「何でってそれは……」
「美希とは良くて私とじゃダメなんですか?」
私の言葉にプロデューサーはびくりと震えた。
「な、何を言って」
「以前、偶然見てしまったんです。応接間でプロデューサーと美希がHな事をしていたのを……アイドルでもあの子なら良いんですか?」
それとも……私じゃやっぱりダメなんですか?
そんなにあの子が良いんですか?
そう思うと徐々に衝動に歯止めが効かなくなり止まらない。
明らかに気まずそうに視線を外すプロデューサーに私は近寄り頬を掴み強引に顔を向けさせ見つめ合う。
「目を逸らさないでください」
強い口調で告げると険しい顔で見つめてくるプロデューサーの顔は何処か私に怯えているようなそんな印象を受けた。
「ち、千早……お、おまえは一体何が言いたいんだ。俺に何をさせたい」
「そんなに怯えないでください。私は……プロデューサーと一つになりたいんです」
私の言葉にプロデューサーは戸惑いと憂いの眼で私を見ている。
もう彼の心はあの子のもの。
私は彼には愛しては貰えないだろう。
だけど、彼が居なくなるのだけは耐えられなかった。
自由奔放に生きてるあの子に独占されるのだけは我慢できない。
だからせめて………

「プロデューサー…愛してなんて言いません。あの子を忘れてなんて言いません。だからせめて………あの子と同じ事を私にもしてください」

彼の返答を聞く前に私は勢いよく唇を重ねたのだった……こんな事しても自分が惨めになるだけと知りながらも。

~End~



***後書き***
まず最初に一言。
千早好きの方ごめんなさい。
そして千早ごめん。
こんな不幸な話にしてしまい……本当は君の事は好きなんだよ?
しかし思いついてしまったもんはしょうがない。
次はもっとPとラブラブなものを考えるから勘弁してな。
でも千早のようなクールな子には笑顔も良いけど憂い顔が一番似合うような気がするね。
いや、本当に。




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