昼休み……京介は購買で購入したパンを手にある場所に向かっていた。
学食へと向かう生徒の人波を一人逆らい徐々に人気のない場所へと足を運ぶ。
重い扉を開けると微かに花の香りが混じった風が吹き抜ける。
コツコツとコンクリートで舗装された渡り廊下を歩き視線を裏庭の方に向けると一人ぽとんとベンチに座る一人の少女が見えた。
ここからでは、表情が見えないが黙々とお弁当を食している。
京介は予想通りの光景に軽く溜息を吐き、裏庭へと足を踏み入れた。

「おい、黒猫」
傍らに寄り彼女の名前を呼んだ。
もちろん黒猫は本名ではなく、彼女のH・Nだ。
京介も出会った当初より、H・Nで呼んでいた為本名を呼ぶ事は早々ない。
不本意に本名を呼ぶ事と黒猫の機嫌が悪くなると言う原因もあるのだが黒猫と言う名前の方が妙にしっくりくる。
さて本題に戻るが、呼ばれた当の黒猫はと言うと聞えてないふりをしているのか振り向きもしないで黙々と箸を口に運んでいた。
「黒猫」
もう一度呼ぶと、やっと箸を止め顔を上げた。
「なにか用かしら?」
ゆっくりと向けられたその顔は明らかに不機嫌丸出しで『なに、用事が無いなら帰って頂戴』と明らかな拒絶の意志が容易に汲み取れた。
京介も、もちろんそれは伝わっている筈なのだが気にする素振りを見せずに何時も通りに話を続けた。
「何時も、こんな辺鄙な場所でご飯食ってんのか?」
しかし、今日の黒猫は相当機嫌が悪いのか返す言葉に何時も以上の棘が感じられた。
「何処で食べようと私の勝手でしょう」
「それはそうだな」
「それとも、ここで食べるのに貴方の承諾は必要なのかしら」
「いらんな」
「だったら、放っておいて頂戴。貴方もさっさと教室に戻ってそのパンを食べた方がよくて。昼休みが終わっても知らないわよ」
言いたい事が終わったのか黒猫は食事の続きを勝手に始めてしまった。
(全くとりつく島もないな……)
プライドが高く、気が強く、一度口にした事は中々曲げようとしない。
まるで今はいない誰かの様だと京介は頭の中で思わず浮かんだ。
たが、このまま引き下がる気も京介には毛頭ない。
黒猫は知らないだろうが、あの日図書室で偶然広大な裏庭で一人食事をしているのを見つけてしまったのだから。
気づいてしまった以上放っておく事など出来る筈もない。

「そうだな。確かに腹も減ったし限界だな」
「………」
黒猫は何も返事を返さず不機嫌な雰囲気だけで『なら、早く行けば』っと無言で語っていた。
苦笑を浮かべつつ京介は勝手に黒猫の隣に座りパンの封を開けた。
流石にその行動に予想外だったのか、びっくりした黒猫は危うく弁当箱を地面に落としそうになっていた。
珍しく慌てる様子の黒猫が可笑しくて、思わず笑みが浮かぶ。
「ち、ちょっと貴方どう言うつもり!?」
「どうもこうも腹が減ったからここで飯を食うんだよ」
「それにしても、よりにもよってここで食べなくでも良いでしょう。もっと…」
慌てた様子の黒猫は先程京介が聞いた事と同じ内容を口にしている事に気づいてはいなかった。
もちろん、京介の返答も決まっていた。
「もっと何だ。何処で食おうが俺の勝手だろう」
「なっ!?」
「ここで食うのに黒猫の承諾が必要なのか」
「くっ…」
「別に良いよな。お前もそう言ったんだし」
全く同じ返答をされ、黒猫はぐうの音も出なかった。
悔しそうに唇を噛みしめ『勝手にしなさい』と荒々しく座りそっぽを向いた。

それから二人に対した会話もなく黙々とそれぞれのご飯を食していた。
微妙に重い空気なのは仕方が無い事だろう。
京介が強引に黒猫のテリトリーに踏み込んだのだから。

それにしても、もう少し愛嬌があっても良いだろうと京介は内心思う。
そう、折角話をかけても……
「ご飯美味しいか」
「ええ」
「天気良いな」
「そうね」
「クラスには慣れたか」
「それなりにね」
返答がこれである。
会話には全て片言で返事をし取り付く島もありはしない。
学校ではいつもこうだ。
沙織と一緒に談話してる時はこんな事は無いと言うのに……これでは会話のネタも尽きてしまう。
最も、このような結果になる事は目に見えてたし意気込んで来たにも関わらず黒猫に対する配慮が足りない京介の無計画ぷりが無謀なだけだろうが。
交渉の段階から手詰まりでは目も当てられない光景だ。
だけど、京介はこの場から離れようとは微塵も思わなかった。
ただの自己満足だったとしても、黒猫を一人にしたまま放っておくぐらいなら傍に居るだけでもしたいそれが京介の気持だった。
と、思ってはいるがやっぱりこのまま昼休みが終わるのをただ待つのも寂し過ぎる。
懸命に京介は次の話題を考えていた。

「ねぇ」
「……」
「ねぇ」
「……あ?」
二度目の呼びかけで呼ばれている事に気づきやっと顔を向けた。
無視されたのが気に入らないのか、ムスっとした表情で黒猫の瞳は京介を真っ直ぐに見つめ捕えていた。
「なんだよ」
「……貴方は何時もそんな質素な物を食しているのかしら」
「質素って……これの事か?」
手に持った焼きそばパンを見せるとコクッと小さく頷いた。
黒猫の言葉に京介は良く分かってなかった。
確かに昼飯としては質素と言えなくはないが、当高で焼きそばパンと言えば人気の上位にくるぐらいの人気のメニューの一つだ。
他にもハムカツサンド、ベーグルサンド、アメリカンドックなど多々ある。
今日は運が良く手に入れられた人気メニューだと言うのにこれを質素と言うのか。
「一応人気メニューなんだぜ、これ」
「そんな庶民のメニューが美味しいなんて貴方の舌は相当腐っている様ね。あまりにも不憫でならないわ」
そこまで言うかと心中で突っ込みを入れる。
「じゃ、不憫な俺に黒猫は何か施しをしてくれるのか?」
京介の返答に、『何を甘い事…』と口にするが黒猫は言葉半ばで止めた。
少しだけ考える仕草をし、僅かに残った弁当を差し出してきた。
「…俺にどうしろと?」
「……上げるわ」
「は?」
「い、良いから食べなさい。これが漆黒の女王のみが許される食事なのだからありがたく受け取りなさい」
どう見てもただの芋の煮転がしと厚焼き卵に見える…と言う突っ込みはあえて口にはしなかった。
どう言うつもりか分からないが黒猫は変わらず弁当を差し出している。
食うか食わないか……さて。
「ま…貰えるなら貰うよ」
「え、ええ。感謝しなさい」
京介の返答に髪を手で掻きあげ満足そうに笑っていた。
少しだけ気になりながらも渡された弁当と箸で美味しそうに煮込まれた芋を一つ掴み口に運んだ。
「もぐもぐ」
「……」
「………美味い」
素直に感想が漏れた。
冗談でもお世辞でもなく本気で美味いと思った。
「これって母親が作ったのか」
「馬鹿言わないで……私に決まってるでしょう」
その回答には予想外過ぎだった。
よもや黒猫が料理が出来るなど京介の想像の範疇を超えていた。
しかし、よくよく考えればお気に入りの黒のゴスロリ服も猫耳やしっぽも自作すると言う家庭的な部分も見せられている。
ならば、料理ぐらい出来ても可笑しくない。
無いのだが、やっぱり以外過ぎて開いた口が塞がらなかった。
「何、間抜けな顔をしているのかしら。私が料理をするのがそんなに以外」
「あ、いや、そう言う訳じゃねーんだが……本気でうめーよ、これ」
「ふん、当たり前よ」
褒められたのが照れ臭いのか頬を赤く染めて黒猫は明後日の方角を見ていた。
「そんな栄養が偏った食事を摂ってると栄養が偏るし太るし将来禿げるわよ。ええ、別に貴方が禿げようが、栄養失調で倒れようが私には関係ないわ。その時は心の底から笑ってあげるから止めるなら今のうちよ」
一見、相手を煽るだけの態度に見え決して相手を思っての言葉とは到底思えないだろう。
だがそれは、黒猫を知らない人の場合だ。
これでも黒猫との付き合いは長く彼女をたとて自惚れだとしても友人と思っている京介にとっては言葉の裏に潜む気持ちに気づいていた。
「もしかして……お前」
「な、何かしら」
「俺のこと心配してくれてたのか」
「!?」
「だから、弁当をくれるのか」
率直に訊ねる京介に黒猫の顔は徐々に赤くなっていった。
どうやら図星なようだ。
「ば、ばばばかな事言うものではないわ。な、なななななんで夜魔の女王である私があ、貴方程度の存在を気にかける必要が、あ、あるのかしら」
「そうだよな。黒猫が俺をそこまで気にかけてくれるわけないよな」
「そ、そうよ」
「そうだよな」
「あ、当たり前じゃ無い」
「ははははは」
「ふふふふっ」
「でも、俺の事を心配してくれたんだろう」
「はぅ!?」
二度目の攻撃には耐えきれずに黒猫は撃沈した。
「なんだかんだ言いながらお前優しいもんな。口は悪いけど何かと気を使ってくれるし、お前のそういう所好きだぜ」
「す、好きって何を言っているのかしら」
黒猫は顔を真っ赤に染め動揺を全く隠せていなかった。
こういう何時も突っ張ってるイメージとは違うたまに見せる純な態度も黒猫の可愛い所だろう。
だからこそ、こんな寂い所で一人でいる事に京介には我慢が出来なかった。
黒猫にとって迷惑であっても余計な事であっても、何かしてあげたいのが京介の純粋の思い。

「お前さ…もう少し肩の力は抜けよ」
「べ、別に良いでしょう……」
「折角ゲー研に入部したのに何も変わってねーしよ」
「あの部に入ったのは実力を上げるためよ。友達を作る為じゃないわ」
「相変わらず赤城と仲が悪いし、クラスでも孤立してんだろう」
「大きなお世話よ。貴方は何?私の母親にでもなったつもりかしら」
面倒くさそうに目を細め睨んでくる。
「別にそう言うつもりはねーよ。ただ………」
『お前の事が心配だから…』と、そう言いたかった。
表面上では普通にしていても一人なのは誰だって辛いものだ。
黒猫は入学してから今までほとんど一人で学校生活を送ってきている。
現に掃除を押し付けられ一人で作業をしてるなんて事もあった。
これからもそんな学生生活を送るなんて思うと気分が悪くなる。
「無理に愛想を振れなんて言わない。ただその突っ張った態度ぐらいはどうにかしてくれよ。そのままじゃ、お前ずっと一人だぞ」
「何よ……偉そうに言って、私がどうなろうと貴方には関係ないでしょう」
「関係ないなんて言うなよ!」
予想外に大きな声だったのか、黒猫は一瞬怯えた表情を見せていた。
「友達を心配するのは当たり前だろう。お前がこの先ずっと一人でいるなんて、そんなの俺は嫌だぜ」
「嫌って何よ。今は貴方が……」
「馬鹿。俺は三年だぞ。来年にはいねーだろうが」
その時は正真正銘黒猫は一人になる。
卒業をしてしまえばこうやって黒猫の傍に居てやる事は出来ない。
その事に気づいた黒猫の表情は優れなかった。
「黒猫」
「……」
「黒猫、頼む」
「わ、分かったよ。これからは、少しだけ話を合わせるようにするわよ。だからそんな顔をしないで頂戴」
そこまで情けない顔をしていたのかと、京介は分かっていなかったが黒猫が思い直してくれてた事が嬉しかった。
「ああ、是非そうしてくれ」
まるでタイミングを計ったかのように、昼休みの予鈴が校舎に響いた。
「もう時間か…ごちそうさん」
残った弁当を口に入れ空の弁当を渡した。
本当はもっと味わって食べたかったが、時間もないししょうがないだろう。
「じゃ、俺は戻るな。弁当美味しかったぜ」
手を振り去ろうとすると後ろから引っ張られ足が止まった。
後ろを振り返ると黒猫が制服を掴んでいた。
「ん?何だよ」
俯いている黒猫の表情までは分からない。
ただ、震える手が黒猫の不安を語っていた。
「い、言いたい事だけ言って去るのは無責任じゃ無いかしら。貴方は何もしないつもり?」
「そうは言うが、学年が違うし俺じゃ出来る事は限られるぞ」
「そうじゃ無くて、その……これからも昼休み、一緒に食べて。貴方の要求を飲むのだから私の要求も飲むのがフェアってものでしょう」
「確かにそうだな。一理ある…じゃ、明日もこの場所で良いか」
「え、ええ」
「じゃあな、黒猫。頑張れよ」
今度こそはと校舎へと向かった。
しかし、数m進んだ所で思い出したように足を止め京介は振り返った。
「そうだ。もしよかったら黒猫の弁当、俺の分も作って来てくれないか」
「え?な、なんで私がそんな事をしなければいけないのかしら」
「だって、お前の弁当美味しかったからさ。今度はちゃんと食いたいし、それに………黒猫の弁当が毎日食えるなら留年しても良いかもな」
「ば、馬鹿な事言ってないでさっさといきなさい!」
「へいへい」
校舎に消える背中を見送り一人だけ佇む黒猫の顔は真っ赤に染まっていた。
息も荒く動悸が激しくドキドキと高鳴る胸をギュッと抑えた。
「軽々しくそんな事言うものじゃないわ……期待しちゃうでしょう。馬鹿」

~End~







inserted by FC2 system