夕食後、洗い物を終えたシルファがリビングへ戻るとそこには悪戦苦闘をしながら必死に自分の耳を掃除をする貴明の姿があった。
珍しい物を見るような不思議な視線を向けてシルファは訊ねてきた。

「ご主人様、何をしてるんれすか?」
「何って、耳かきだよ。もしかして見るの初めて?」
「はい。れーたとしては知ってますけろ見るのは初めてれす」

ソファーに座る貴明の隣に腰掛けてシルファはそう答えた。
来栖川の最新鋭機のあるシルファのデータバンクの中には様々な情報が搭載してありもちろん日常生活での行為も数多く存在している。
だが、ある事が原因で人との交流を避けていたシルファにとって人の為にする行為自体データとしては知っていたとしても経験がない分実感があまり湧かないのだ。
故に、その行為を目の当たりにしても何をしているのか良く分からず理解するのが難しい事が多い。

「そうなんだ……これはこうやってね、耳の中に溜まった垢を取っているんだけどこうやって定期的に掃除をしないと耳が聞こえにくくなるんだけど……ね」
説明しながらほじるがいまいち上手く取れないのか言葉には若干苛立ちが籠っているようだった。
耳かきは一人で綺麗に取るには中々難しい。
かゆい所に手が届かないと言うか見えない分、結構面倒な作業なのだ。
そんな貴明をシルファはじーと見つめていた。
(耳かき……耳の中に溜まった垢をとり掃除する動作。綿棒やピンを使って除去する…他人からもする事が出来、主に家族や夫婦など近しい人がする事が多く膝枕などで奉仕する事れ相手に好感を与える事も多い……なるほろそう言うものなんれすね)
頭の中で情報を詳しく調べあげて納得する。
ちょっと情報内容が変な方向に偏ってる気もしなくはないが、その記述にシルファはある考えが浮かんできていた。
(近しい人もと言う事は……シルファもしても良いんれすよね?)
近しい人…河野家のメイドある自分もしては可笑しくないとシルファは勝手に解釈していた。
昔のシルファならば、誰かの為に何をしようなどと思う事は一切ないのだが、河野貴明と出会い彼に惹かれたシルファはこと貴明に対して尽くす事へ喜びを幸せを感じるようになっていた。
シルファにとって貴明は絶対的な存在であり、彼に喜ばれる事は至上の喜びなのだ。
しかし、シルファの性格は根っからのいじっぱり。
何時も素直に言えず、何時も告げる言葉はキツイ。
例えばこんな風に……

「ああーくそ。取れない……」
「下手くそ。全くご主人さまはいつまれ経ってもらめらめなのれす。シルファならもっと器用に取れますよ」
「うぐっ!?」

と、まぁこんな感じなのだ。
厳しく突っ込まれた貴明は固まり何処か冷めた目を向けるシルファに対して苦笑いを浮かべていた。
しかし、シルファ自身も内心は激しく嘆いていた。
(ううっ、こんな事言いたい訳じゃないのになんれ言えないんれすか……)
シルファも幾分か性格も柔らかくなり、昔とは変わってきているがそれでも長年培ってきた性格を治すのは容易ではなく、特に貴明に対しては何時まで経っても素直になれずこのようなキツイ言葉でしか話せない事が多い。
本当はもっと素直に気持ちを伝えたいのに、それが上手く出来きないのがシルファにとって最大の悩みでもあった。
不安を顔に出さないように貴明の顔を見つめると特にシルファの態度を気にした様子もなく何時ものように屈託ない笑顔を向けてきた。
「うーん……そうは言うけどさ、これ結構難しんだよ。見えない分、どうも取りにくくてね」
シルファはほっと胸をなで下ろした。
(良かった。怒ってないれす………何れシルファはこんな風にしか言えないのかな。本当はもっとご主人様に喜んれ欲しいのに………はぁー)
怒ってない事に嫌われてない事に安堵するが胸の内はもやもやとしていた。
しかし、ここまで気にするならば素直になれば良いのにとも思えるが性格と言うものはそう簡単に変えれるものでもなく相手が特別な存在であれば尚の事、地が出てしまうのだ。
メイドロボと言っても人間と同じ様な心を持つシルファ。
人間同様に変わる事はそうそう容易くない。
貴明はめげずに耳掃除をしているが、結果は芳しくないようだ。
先程からうんうん唸っている。
(……シルファならもっと上手くれきるれすよ。ご主人様が一言言ってくれればやれるのに………ご主人様のろんかん)
何とも無茶な事を考えるシルファだが、何時まで経っても頼んでこない貴明に我慢が出来ず遂に自分から言う事を決めた。
しかし、自分から頼むと言う事が恥ずかしく上手く唇から言葉に出来ないでいた。
ドキドキと鼓動が高鳴り、全身が熱くなるのが分かる。
震える体、揺れる心を必死に抑えゆっくりと唇を動かした。

「あ、あの………ご主人様?」
「ん?何シルファちゃん」
呼ばれた事で振りむいた貴明と目が合い思わず心臓部がドキリと高鳴った。
「あ、あぅ……」
「どうしたの?」
「うぅ……その……」
「うん」
「えっと……」
初めて口にする本音が上手く吐きだせない。
何時ものように、上辺だけの言葉が出かけてしまう。
(ら、らめれす。今は素直に言うって決めたんれす。いつまれも、意地っ張りのままじゃご主人様に嫌われてしまうれす……そんなのらめれす)
仮初の強がりな自分を必死に塞き止め心を繋ぎとめる。
「その……し、シルファがしてあげてもいいれすよ」
「するって…耳かき?」
「そ、そうれすよ。ご主人様は下手すぎれすから、めいろのシルファが仕方なくやってあげるれす。感謝するれすよ」
決死の言葉はやはりそれでも何処か素直さにかけていた。
それでも、今のシルファにとってはこれは最大級の素直の気持ちだった。
相変わらずの言葉の数々。
シルファは、言っていて自分が嫌になりそうだった。
いっその事ダンボールの中に入ってずっと引きこもって居たいそう思ってしまう。
だけど……

「じゃ、お願いしようかな」
「え?」
「シルファちゃんがしてくれるなら、俺も安心だし綺麗にできるしね」
「い、良いんれすか?」
「良いって…耳かきしてくれるんだよね」
首を傾げ、聞き返してくる貴明にシルファは頷く。
「そ、そうれすよ」
「うん。じゃお願い」
笑顔で綿棒を渡されたシルファは少しだけ複雑な心境だった。
「それじゃ……横になってシルファの膝の上に頭を乗せてくらさい」
「分かったよ」
シルファの指示に素直に従い頭を膝の上に乗せてきた。
「重くないかな?」
「ら、らいじょうぶれすよ……やりますよ」
「うん。あまり力まないでやれば取れると思うから、優しくお願いね」
「は、はいれす」
最初はぎこちない動きだったが徐々に慣れてきたのか、綺麗に垢を取っていく。
そのまま逆の耳も掃除をしてゆく。
「力はこれぐらいれ、良いれすか?」
「うん、気持ち良いよ……懐かしいな。昔は母さんに良く取って貰ってたから」
「そうなんれすか?」
「うん、中学に上がった頃からはして貰わなくなったけどね」
「なんれしなくなったんれすか?」
シルファが聞き返すと貴明は少し照れくさそうに頬を掻きながら答えた。
「恥ずかしかったから…かな。なんか女性にこんな事されてるのが恰好悪く感じてきてなんとなくね」
「恰好悪い……じゃ、今も嫌なんれすか?」
「え…?」
動きが止まり、耳の感触も消え悲しそうな声が聞こえ貴明は身を起こす。
シルファは顔を伏せ、何処か悲しい顔をしていた。
今にも泣きそうな顔に貴明は慌てて弁解をする。
「ち、違うって。昔はそうだけど今は違うしシルファちゃんは特別って言うか……その……ほら、シルファちゃんは俺のメイドさんだしね…は、ははっ俺何言ってんだろう」
意味不明な事を話し苦笑いを浮かべる貴明にシルファはぷっと小さく笑った。
シルファの笑顔に釣られるように貴明も笑みが浮かびそれを見たシルファは慌てて何時もの態度に戻す。
「べ、別にシルファは気にしてないれすよ。これは、仕方なくやってるらけれすから……それよりも、早く寝転がってくらさい。耳掃除の続きれきないれすから」
「う、うん……本当に嫌じゃないからね」
「なんろも言わなくてもいいれす!」
「ご、ごめん」

勧められるまま先程の姿勢に戻った。
その後は特に会話がないまま時間だけが進み耳かきは終わり貴明の耳には取れる垢は無くなっていた。
「ご主人様。終わりましたよ」
「……」
「ご主人……様?」
返事がなくて可笑しいと思い耳を澄ませると微かに貴明の口元から寝息が聞こえてきた。
どうやら耳かきをしてる最中に寝てしまったようだ。
起こそうかと思ったが、それも気が引けシルファは手に持った綿棒を起こさないように腕を伸ばしてテーブルの上に置いた。
そして俯き膝の上に眠る貴明の顔を覗きこむとまるで赤ん坊のような可愛らし寝顔に思わず笑みが浮かんだ。
「ご主人様の寝顔って……凄く可愛いれす」
驚くほど素直に言葉が漏れハッと息を飲む。
幸い此処にはシルファ以外は居らず聞かれていなかった。
ほっと胸を撫でおろすが、先程の事を思い返し大きなため息を出す。
「はぁー……一人の時はこんなに簡単に言えるのになんれ、ご主人様の前らと素直に言えないのかな」
今まで事を思い返してもシルファから出る言葉はどれも本心からかけ離れたものばかり。
そればかりか相手を貶するような酷い言葉が多い。
本人も気にしているが、どうしても考えるより口が先に出てしまう。
だけど、そのどれも怒らず受け止めて何時でも笑顔で接してくれて真摯な言葉を返してくれる貴明。
そんな純粋な彼に一回でも本心で答えた事があっただろうか?
そんな事は一回もない事は考えなくても直ぐに分かる事だった。
そう思うと益々落ち込んでしまう。

「らめらめなのはシルファの方れすよね………」
膝もとで安らかに眠る貴明の頭を優しく撫でる。
人間ならばこんな時は泣くのだろうか?
心があっても機械であるシルファには涙なんてものは存在しない。
惨めな自分に、汚い心では彼は眩し過ぎる。
それでも離れる事なんてしたくなかった。
そんな考えなんて出ない……ずっと彼と一緒に居たいそれがシルファの一番の願いだから……
「うーん……シルファ…ちゃん…………ご飯、まだ」
「………ぷ」
心地よさそうに眠る貴明から洩れた寝言に思わず笑う。
「ご主人様ったら、シルファは家政婦じゃないれすよ……れも、嬉しいれす」
眠っていても自分の名前を呼び、求めてくれる貴明にシルファの中に彼への思いで一杯になる。
こんな自分でも彼は傍に居て欲しいと願ってくれている。
それの気持ちは溜まらなく嬉しい。
そっと髪を撫でると貴明はくすぐったいように目を細めた。

何時かは、素直になるから。
こんな、意地っ張りの自分にさよならするから。
らから、こんならめなめいろろぼれも、これからも一緒に居させてくらさいね。

「らい好きれすよ、ご主人様」

今までの謝罪の気持ちを込めて眠れる王子さまの頬にそっと口づけを交わした。
これからも、ずっと一緒に居られるように淡い願いを込めて…………

~End~





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