夏休みももう終盤に差し掛かろうとしており、始業式まであと僅か。
去年までの俺なら、今頃夏休みの課題を慌ててやっていただろうが今年は違う。
もうそんなものはない。
宿題を昨日で全て終えた俺は、内心勝利の笑みを浮かべていた。
こんなにも清々しいのは実に久しぶりだ。
ま、本音を言うと夏休み前タマ姉から…

『珊瑚ちゃん達と遊び過ぎて勉学まで疎かになったら…雄二と一緒にお仕置きだからね』

と、身の毛もよだつとびっきりの笑顔で死の宣告を受けたお陰でもある。
既に雄二のお仕置きが決定しているような言い方はどうかとは思うが……ま、それはさておき時間を見つけて地道に頑張っていた甲斐はあったな。
ただでさえ珊瑚ちゃん達と付き合い始めて、両手に花状態で色々と風当たりが悪いからな…少しは波風立てない様に頑張らないと身が持たない。
う~ん、こんなにゆったりと寝ていられるのもあと数日かな…
もう少し、夏休み欲しいよな…出来るなら後、

もぞもぞ…

一週…かん?今何か動いた様な…
心地よく惰眠を貪っていた俺は、布団の中で動く何かを感じて徐々に意識が目覚め始めてきた。
それでも、昨日遅くまで起きていた体は未だ睡眠を欲求しており直ぐには起きれなかった。
誰だろうか…家には鍵がかけてあるし他の人が入って来るなんて事は無い筈。
仕方がないので体を動かし、中にあるものを手探りで確認しようと触れてみる。
小柄なのか、抱きしめると丁度良い大きさで腕にすっぽりと入る。
感触も柔らかく触り心地は最高。
鼻孔に微かに感じる甘い香りと、妙にしっくりくる抱き心地……なんかこの感触知ってる様な気がしてならなかった。
そのまま抱きしたまま手を動かし続けていると下の方に言った時両手に柔らかい膨らみを感じて、それが発した甘い声で俺の意識は完全に覚醒した。
「ん。貴明は朝からえちぃーやな~」
「……はっ?」
聞きなれた独特の方言。
これは、まさか…?
慌てて目を見開くとそこには何時もの陽気な笑顔を浮かべている珊瑚ちゃんの顔のどアップが写っていた。
そして、俺の触れていたのは珊瑚ちゃんの………お尻?

「うわぁ!?」

「おはよう、貴明♪」
「……」
慌てて手を離し固まる俺をつぶらな瞳で見つめてくる。
「あれ?貴明どないしたん。鳩が豆鉄砲食らった様な顔しとるでー」
「……珊瑚ちゃん、何でここに居るの?そもそも家のカギはどうやって開けたの」
「鍵?鍵はな……これで、あけたんやでー♪」
嬉々として取り出す何処か見慣れた鍵。
これって…もしかしなくても俺の家の鍵か。
「なんでそれを珊瑚ちゃんが持ってるのかな?」
「いっちゃんが渡してくれたで。あった方が色々便利やーて」
色々って何?
そもそも一体何時の間に……俺知らないよ。
眉間に皺を寄せ項垂れる俺を労わりの目を向けてくる珊瑚ちゃんに何も言えようはずもない。
きっと、策略したのはイルファさんであって珊瑚ちゃんは何もしてない。
純粋にイルファさんの言葉を信じているだけなのだが……色々と突っ込みたいのが本音だ。
が、それも寝起きの今行うのは少しばかり億劫だ。
そもそも当の本人が居ないし多分何を言っても無駄だし……ま、何時もの事だよな。
こんな、突発的な出来事も軽く流せてしまう様になった俺はこの子達との付き合いの深さを示していた。
あんまり嬉しくない事だけど。

「はぁー……ま、その件は今度聞くとして、本当に何しに来たの」
「何しにって、遊びにきたに決まってるやろ」
嬉しそうにベットの隅に置いてあった鞄からゲームソフトを取り出し目の前に差し出してきた。
何ともデンジャーなデザインをしたジャケットに、血をモチーフにしたタイトル文字。
見るからに心臓に悪そうなホラーゲームだ。
「ほら、昨日発売したばかりの新作ゲームやで~~。一緒にやろう、貴明♪」
笑顔の珊瑚ちゃんとは裏腹に俺の気分は朝から妙にテンションが↓り気味だった。
よりにもよって起きた早々ホラーゲーム……か。
ああ、さようなら俺の安息の時よ。

取りあえず寝起きでボーとする頭を洗面所で洗いさっぱりした所で俺達は一階に降りてきた。
そこには、家からもってきたのか大きめの鞄に入っていたゲーム機を取り出しリビングのTVにセッティングしている珊瑚ちゃんがいた。
「随分大きな鞄だね。他に何か入ってるの」
「ん?まぁ色々となー」
「ふーん、それでゲームをする為に態々俺の家に来たの」
「そうやー。あかんかった?」
家に備えてあった食パンで軽く朝食を済ませながら聞く俺に、珊瑚ちゃんは膝立てで座ってゲームの準備をしつつ答えた。
「いや、悪くはないけどさ…」
珊瑚ちゃん…その格好は何とかならないかな?
そんなお尻をこっちに突き出すような恰好…後ろに居る俺からは、ワンピのスカートが上げられてもろ見えてるのですが……
「えっと…あ、お、俺の家にはゲーム機無いし持ってくるのも面倒だったんじゃない。どうせならさ、珊瑚ちゃん家に直接呼んでくれても良かったのに」
焦る気持ちを抑えながら俺は成るべくスカートに視線を向けない様にしながら話を続けた。
「うーん、うちはそれでもええねんけどな。瑠璃ちゃんがな……」
「偉く歯切れが悪いね。瑠璃ちゃんに何かあったの」
「今……勉強中やねん」
「え?」

簡単に説明を聞くとこうらしい。
今年の夏休み、俺と居る事が多かった珊瑚ちゃん達。故に必然的に瑠璃ちゃんも宿題をする時間がなくまったくの手づかずの状態であったらしい。
俺みたいに夜にやればいいのだが、夏休みに入り珊瑚ちゃんと一緒に居られる時間が長くなった瑠璃ちゃんは通学中には出来なかった洗濯や掃除など珊瑚ちゃんの身の回りの世話をするようになっていた。
ある程度イルファさんとは分断してやってはいたらしいが、珊瑚ちゃんの為ならばと無理をして家事に遊び、そして夜になると珊瑚ちゃんがゲームを始め怯えてしまいなにも出来ないまま一日が過ぎていきそして、
毎日そのような事の繰り返しの結果……気がつけば夏休みの宿題を終えないまま今に至ると言う訳だった。
どうやらこのまま行くと補習確定らしい。

「成程な……じゃ、今は必死に宿題を消化中?」
「うん、いっちゃんと二人でな。それでな、うちもいっちゃんから瑠璃ちゃんの宿題が終わるまでゲームで遊ばない様に止められてんねん」
「ああー、納得」
確かに、折角宿題をしていてもゾンビの声や銃撃の音なんか聞こえて来たら怖がりの瑠璃ちゃんじゃ集中も出来ないだろう。
そうなると必然的に珊瑚ちゃんが、一人になりなにも出来なくなってしまう。
暇で退屈な珊瑚ちゃんが暇つぶしに俺の家に来たと言う事だろう。
しょうがないな……
「分かったよ。俺はもう宿題終わってるしとことん付き合うよ」
「やった~~~☆流石貴明や♪ほな、ここに座って一緒にやろーな」
TVの向かいにあるソファーをポンポンを叩きそこに座る様に足す仕草に言うとおりにすると、2Pコントローラーを俺に渡して何故か膝の間に珊瑚ちゃんが座ってきた。
って、おい。
「さ、早速プレイするでー」
揚々と開始の宣言をする珊瑚ちゃんに俺は待ったをかけた。
「ちょっと、珊瑚ちゃん。何でこの格好で」
「えっと、まずはノーマルの方がええかな……ん、何や貴明?」
密着してる恰好の上に顔だけを見上げるものだから珊瑚ちゃんの顔を至近距離で見つめ合う形になってしまった。
ただでさえ、夏の薄着で密着する体から感じる珊瑚ちゃんの体温と感触で意識してると言うのにこれでは余計に緊張してしまう。
「えっと……」
「貴明、どないしたん?顔、めっちゃ赤いで…熱でもあるん」
それは、珊瑚ちゃんの顔が近いからであってね。ああーもう、そんなに顔を近づけないでくれ!
純粋無垢、天真爛漫な珊瑚ちゃんはいまいち男の心情を理解してないのだが、これでは変に意識している自分が一番駄目な気がしてきた。
俺が気にし過ぎなのか?
「貴明?」
「な、何でもないよ。さ、早くやろう。もうバンバンやっちおう」
半分ヤケクソ気味にテンションを上げて返事をする。
「うん!ほないくで~~」

バンバンと部屋に銃声の効果音を響かせながら俺達は仲良く遊んでいた。
俺は珊瑚ちゃんにあまり意識しない様にゲームを集中していたのが幸いしゲームのペースは上々だ。
そうでもしないと変な気分になってしまうし。
しかし、休日で女の子と二人っきりでゾンビゲーム……何ともシュールな光景だよな。
ま、珊瑚ちゃんが楽しそうだから良いんだけどさ。
それから一体どれぐらい遊んでいただろうか、ゲームもそれなりに進んだかと思う時ふと俺の腹元ぐらいからぐ~と可愛らしい音が聞こえてきた。
先に言っておくが俺じゃないからな。
腹の虫の元凶である珊瑚ちゃんが、お腹を摩り上目使いで俺を見上げてきた。

「うー……なぁー、貴明」
「お腹減った?」
「うん、何か食うもんあらへん?」
そう言えば時間もだいぶ立ってるしお昼ももちょっと過ぎてるしな……俺も朝はパンしか食ってないから空腹は感じてるし。
俺は一端ゲームの停止ボタンを押し聞く。
「インスタントのラーメンしかないけど、それでも良い」
「うちは構わへんよ。本当はハンバーガーの方がええねんけど」
「はは。普通一般家庭にハンバーガーはないと思うよ」
俺は苦笑しながら、珊瑚ちゃんを退かしキッチンに向かった。
そして、約15分後。
テーブルには、俺の分と珊瑚ちゃんの分のラーメンが置かれている。
俺一人なら、麺とスープを作るだけで終わらせるが珊瑚ちゃんの分も作らないといけなしいあまり質素だと悪い。
適当に、冷蔵庫にあった野菜も入れてあるからそれなりに豪華にはなってると思いたい。
「うわ~~~☆初めての貴明の手料理や♪」
「いや、インスタントだからそんなに難しくないって。それにこんなのが手料理なんて言ったら瑠璃ちゃんが可哀そうだよ」
俺のは只煮て茹でただけの、質素な調理方法だ。
こんなのが手料理なんて言ったら全国の専業主婦さんに殺される。
ラーメンでも本格的に作れば、もっと料理らしくなるがそこは所詮一人暮らしの男の料理。
こんなもんだ。
しかし俺の言葉を聞いても珊瑚ちゃんは嬉しそうに両手を上げて無邪気に喜んでる姿を見てるとちょっと複雑な心境だ。
「ま、そんな事は良いからさっさと食べよう。伸びると美味しくないし」
「うん♪いただきまーす」

二人でずるずると麺を啜る音をたてながら俺達は昼食を摂る。
色々と世間話をしていると、ふと俺はある疑問が湧いてきた。
「そう言えばさ、瑠璃ちゃんは宿題終わってないって言ってたけど珊瑚ちゃんはもうやってあるの?」
「ん?もぐもぐ…うちか?うちはやってへんよ」
なんですと…?
思いがけない言葉に俺は一瞬固まった。
「それって……珊瑚ちゃんもヤバいんじゃないか?瑠璃ちゃんと一緒に宿題終わらした方が良いんじゃ」
いくら珊瑚ちゃんでも、後一週間しかないのにこの状態で全くの手付かずで遊んでる余裕なんてないだろう。
驚きの事実に唖然とするが、珊瑚ちゃんの次の言葉に俺は更に盛大に吹いた。
「宿題?うち宿題なんてあらへんよ」
「ぶほっ!? な、なっ!まじッすか!!」
俺の驚き様を見て珊瑚ちゃんは首を傾げていた。
「なんで、そないに驚いてるん?」
「だ、だだだって夏休みの宿題無いなんて何で!?」
「あれ?言っておらへんかった。うち、不定期でおっちゃんに呼ばれるし学校に来れへん時とかもあんねん。せやから、普段から宿題とかあらへんし授業もほとんど自由に出てええねん、で……おっちゃんはなんて言ってたかな、よう分からんけど確か特権階級とか何とか言ってたよ」
「は、初耳だ」
確かに…言われてみれば、珊瑚ちゃん達と雄二とでダブルデートをした後の時、俺の教室に勝手に入ってきた珊瑚ちゃんの事は先生からあまり咎められていなかったな。
あれってそういう意味だったのか。
と言うか、上級生の問題も普通に解いてたし……は、はは。改めて珊瑚ちゃんの凄さを実感した気がした。
今度イルファさんあたり珊瑚ちゃんの学校での待遇を詳しく聞いてみたい気もする。
「はあー……瑠璃ちゃん、悔しがってるだろうな」
「んむ?」
美味しそうにラーメンを食べる珊瑚ちゃんはいまいち自分の凄さを理解はしていないみたいだが。

昼食後は、さっきの続きでゲームを続けていた。
もちろん先程と同じ俺の股ぐらに珊瑚ちゃんが座ってる状態で。
まぁ、さっきから散々やっていて慣れたし今更何か言う気も起きない。
それからどれぐらいやっていただろうか、今ではもう空に赤みがかかり部屋の中に夕陽が差し込む時間になっていた。
未だゲームはクリアーしてないが、そろそろ家に戻らないと道が暗くなってしまい危なくなる。
「珊瑚ちゃん、そろそろ家に帰った方が良いんじゃない?」
「え~~!もう帰るんか?まだクリアーしてへんよ~」
案の定俺がそう提案すると珊瑚ちゃんは嫌そうに唇を尖らし声を上げた。
「い、いや、だってあまり遅くなると道が暗くなるし、瑠璃ちゃんも心配するよ」
「んー…せやけど。あ、そうや!ちょっと待ってな………」
少し考える仕草をしたかと思うと徐にポケットから携帯を取り出しワンプッシュで何処かに繋げた。
「あ、いっちゃんか。今どうなってるん。うん、うん…あ、やっぱりなー。それならうちはまだ帰らん方がええんかな?」
え?一体何処に電話をしてるんだ。
電話の相手はイルファさん…か?
何やらに瑠璃ちゃんの怒鳴り声が漏れてる気がしないでもないが…
「うん、分かった。それならうちがここに泊まってもええ?うん、こっちは大丈夫や貴明がおるから……うん分かった。ほな、瑠璃ちゃんの事宜しくなー」
ピッと電話を切り、珊瑚ちゃんはにこやかに俺に答えた。
「まだ、瑠璃ちゃんの宿題が全然終わってへんからこっちに泊まってもええねんて」
「何?待ってくれ、それってまさか…」
「貴明の家に泊まりたいねんけど……駄目?」
うっぐ!?だからそのつぶらな瞳で頼むのは止めてくれ。
駄目と言えなくなるから……
俺は何とか知恵を振り絞り、どうにかこの後の展開を打破しようと模索する。
「むっ……あ、と、そう。でもさ。ここに珊瑚ちゃんの着替えもないしね…流石に夏場じゃキツイから…」
「それなら大丈夫や♪ほら」
俺の言葉を待ってましたかの様に朝、ゲーム機を取り出した鞄から何故か出てくる珊瑚ちゃんの着替え一式。
ちょっと、流石に用意が良過ぎない?って、一々パンツを広げて見せなくて良いから!!
これってもしかして始めっから計られてたってやつじゃないか。
でも珊瑚ちゃんと二人でお泊まりか…それは色々と不味い事が起きる気が……
「貴明…なんや嫌そうな顔してる」
「え?」
「駄目なんか?それなら………ええよ。貴明が嫌なら無理強いはせぇーへんから。ほなうち帰るな」
あまりに渋る俺に、珊瑚ちゃんは途端に表情を曇らせ全身に哀愁を漂わせながら帰り仕度を始めた。
珊瑚ちゃんのこの顔に心底弱い俺は、この時点で負けを認め片づけをする手を握り止めた。
「ああー、もう泊まっても良いからそんな顔しないでよ!もう、どうせなら、瑠璃ちゃんの宿題が終わるまで居ても良いからさ」
半分ヤケクソ気味に言うと、珊瑚ちゃんの表情が先程とは一転、両手を上げ笑顔を浮かべて喜び始めた。
「ほんまか!やった~~~♪なら、うち明日も明後日も居てええんやな」
「ま、まー。瑠璃ちゃんが終わるまでならな…」
「うん、分かってるよ。始業式まで貴明と一緒や~~☆」
は、ははは。それって瑠璃ちゃんがそこまでかかると言いたいのかな?
こうなったら頼みの綱は瑠璃ちゃんの早期宿題達成を願うだけだ。
頑張ってくれ、瑠璃ちゃん。
俺の理性が持つまで…

しかし、貴明の願いは空しく姫百合家では。
受話器を置いたイルファは、嬉しそうに口元を緩めながら妙に苛々している瑠璃の方へ振り返り事の次第を話す。
「瑠璃様。珊瑚様から電話で貴明さんの家に泊まるそうですよ」
「はぁ!?な、なんやて!!あんなケダモノと一緒におったら珊ちゃん何されるか分かったもんやあらへんやん!!」
「だって仕方がないじゃないですか…瑠璃様の宿題の進行具合も芳しくありませんし、珊瑚様がいらっしゃると更に悪くなりますし……登校早々、補習三昧の方が良いのですか?」
「うっ!?…そ、それは嫌や」
「ですから、私が誠心誠意瑠璃様の面倒を見て上げますから…安心して身も心も預けて下さいね♪」
「ええい、もう引っ付くなイルファ!!そんなんしてるから、宿題終わらへんのやろ!!触るな!!顔も近づけんでええ!!!」
「う~ん、恥ずかしがり屋なんですから瑠璃様は♪」
陶酔した顔をしスキンシップをするイルファ。
心底疲れたような顔をする瑠璃。
夏休み終了まで約一週間。
もちろん、瑠璃の宿題は夏休みギリギリに終る事となり、その間はもちろん珊瑚は貴明の家に泊まり環達が遊びに来て大騒ぎしたりと色々とハプニングが起きるなど、結局貴明の夏休みは最後まで心休まる時はなかったのだった。

~End~





inserted by FC2 system