これはまだ、彼女と出会って暫く経った頃。
俺が自分の気持ちに気づいてない日常の日々。
そんなある日の河野家で起きたちょっと変な出来事の話だ。


「このあーぱーめいろろぼ!!」
「何よこのひっきー妹!!」

俺の視線の先。リビングで激しく睨みあう二人のメイドロボが居た。
もはや何時もの風景になりつつある二人の喧嘩模様に俺は苦笑するしかなかった。
「・・・すみません貴明さん。毎度毎度私の愚妹達が恥ずかしい姿を晒して」
「良いよ、イルファさんは悪くないしさ」
申し訳なさそうに謝るイルファさんに口元が若干引き攣りながらも俺は何でもないように微笑み返した。
そう、イルファさんは全く悪くないから。
シルファちゃんとミルファちゃんの喧嘩は何時も他愛もない事で争う。
そして、その原因は十中八九俺の事でだ。
こんな風に・・・

「たまには私に譲ってくれても良いじゃない!何時もシルファはダーリンのお世話してるんでしょう!!」
「たまにはって、ほぼ毎日来てるじゃないれすか!それにご主人さまのお世話はめいろのシルファの仕事れす!!」
「私はダーリン専属になるつもりなんだから、勝手にメイドになったシルファなんて私は認めないんだらね!!」
「別にミルミルの許可なんていらないもん!」
「し、シルファ~!」
はぁー・・・なんだか頭が痛くなってきた。
世の男性から見たらこの光景は羨ましい事この上ない事だろうけど見てる俺としては毎回気が気じゃない。
二人には少しは“妥協する”と言う単語を覚えて欲しいと切に思います。
俺からも何か言うべき何だろうけど・・・・・とばっちりが怖くて何時も何も言えないんだよな・・・俺って奴はどれだけヘタレなんだ。
「・・・なんであの二人こんなにも仲が悪いんだろうな」
「本気で言ってます貴明さん?」
「な、何が」
ぽつりと呟く言葉にイルファさんは何故かあり得ないものを見るような眼で俺を見つめていた。
俺、変な事言ったか?
「・・・いえ、良いです。貴明さんのヘッキーぶりは何時もの事ですから気にしない事にします。」
「何か言葉に刺を感じるんだけど・・・」
「気のせいです。取りあえず二人は私が止めておきますから貴明さんは今の内にお風呂に入ってください。二人に知られるときっと取り合ってまた喧嘩しますから」
「そうだね。・・・うん、そうするよ」
俺はイルファさんの申し出に素直に従ってそそくさとリビングを出て行きお風呂場へ向かっていった。
リビングから逃げるように遠ざかる俺は少しだけ自分を情けなく思えたけど。
そして、浴場に着く頃にはイルファさんの怒声と情けない二人の悲鳴が俺の耳に聞こえてきたのだった。

「ふう・・・・・」
お風呂の湯に漬かりながら、息を吐くと全身に心地よさが沁み渡る。
しかしあの二人なんであんなに仲悪いだろうな。
姉妹機ならもっと仲良くしても良いだろうに・・・それになんでシルファちゃんはあんなにミルファちゃんに反発するのかな・・・・・・
何時も俺の事で言い争うけど、ただの負けず嫌いな性格だからミルファちゃんの行動に反発してるだけだよな。
まさかシルファちゃんも俺の事を・・・なんて、それはあり得ないって。
否定しながらも、俺は変に期待してしまう。
それに最近シルファちゃんと居ると凄く楽しくして安心する
周りのみんなとは何所か違う安心感。
もしかして俺の方がシルファちゃんの事を・・・・・・・・・・?
そう思うと、急に恥ずかしさが込みあがってきて俺は誤魔化す様に湯船の中に顔まで沈めた。
ぶくぶくと音をたてながら、湯船に暫く沈んでいるとガチャリという扉が開く音が微かに聞こえてきた。
顔を上げると曇りガラスの向こうの脱衣所に人影が見えた。
あの髪の色はまさか。
「ミルファちゃん?」
「ひゃい!?」
随分素っ頓狂な声を上げるな。
「どうしたの?」
「いやその・・・・ダーリンどうしてるのかなって」
「どうしてるも何も、お風呂に入ってるんだよ。ミルファちゃんこそイルファさんの説教されてたんじゃないの?」
「あ、うん私はもう終わったよ・・・今はシルファが姉さんに説教されてる頃・・・かな?」
なんとも歯切れの悪い言葉で話すミルファちゃん。さては・・・・
「もしかして・・・シルファちゃんを囮にして逃げたな」
俺の言葉にビクッと震え何処か歯切れの悪い返事をしてきた。
「え!?そ、そんな訳ないよ。うん、そんな事あるわけないじゃない」
「本当に?」
「あ、あたりまえだよ」
曇りガラスの向こうでブンブンと首を左右に振りながら必死に否定をしているミルファちゃんが見えていたけど俺は確信を持てていた。
これは絶対逃げたな。うん。
「ふーん・・・それなら良いけどさ。早めに戻った方がいいと思うよ」
「う、うん」
特に追及はせずにそれとなく勧める俺の言葉に素直に頷くミルファちゃん。
後でしっぺ返しあるの目に見えてるのに何で逃げるかな・・・ま、気持ちは分らんでもないけど。
そう思っているとミルファちゃんは、脱衣所から出て行く事無くその場に留まっているようだった。
「まだ、何か用なのかなミルファちゃん」
「あ、うん。その・・・私も一緒に入って良い?」
「はい?い、いやそれは流石に・・・」
「あ、別に変な意味じゃないよ。ダーリンには何時も迷惑かけてるし、そのお詫びに体を洗うのぐらいは手伝いたいなって・・・・・・・やっぱりダーリンはシルファじゃないと嫌かな?」
「うっ」
ガラス越しだからミルファちゃんの顔は見えないけど、声のトーンからして俺の最も嫌う反応をしてるのは間違いない。
この態度をされると非常~~に俺は断りづらい・・・・・・・・だが、ここで容認したら俺の経験上きっと良くない事が起こるのは目に見ていた。
しかし・・・
「ダーリン・・・」
こんな悲しそうな声を発せられて断れる野郎がいるなら見てみたい。
俺は結局断れる訳もなく渋々頷いてしまった。
「っ・・・・・分ったよ。じゃ、背中洗うのだけだよ」
「うん♪ 」
俺の返事が嬉しいのか、勢いよく浴場の扉を開けて入ってくるミルファちゃん。
流されすぎだよな・・・・・・はぁー。
「ってちょっと待ってて、お風呂から出るからそれから入って来てってば!!」
「えーなんでー?私は別にダーリンのなら見ても平気だよ」
「俺が平気じゃないんだって!」
流石に全裸を見られるのが恥ずかしい俺はお風呂から出れずにいた。
けれどミルファちゃんはそんな事お構いなしなのか俺の腕を掴んでお風呂から引っ張り出そうとする。
「ほらほら、ダーリン。早く隅々まで洗ってあげるから」
「ま、待って。そんなに引っ張ると危ないって!」
俺は懸命に抵抗するが如何せんミルファちゃんはメイドロボ。
力比べで勝てるはずがなく、徐々に浴槽から少しづつ出されてしまう。
そして、何とも運悪くミルファがいない事に気づいたイルファさんとシルファちゃんが脱衣所まで入ってくるのと俺が完全に出されるのとほぼ同時だった。

「ちょっとミルファちゃん!!何勝手に逃げてるのですかまだ言いたい事は山ほどあるのですよ!!」
「ミルミルよくも人を残して逃げたれすね!!」
「あ」
開け放たれた脱衣所の扉の先にあるのは全裸の俺の腕を掴んでるミルファちゃんとの光景。
もちろん急に浴槽から出された俺の体はすっぽんぽんな訳で、二人の視線は俺のあれに移り固まっていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
暫く無言でいる俺達。
イルファさんも恥ずかしそうに顔を手で覆いながらも指の隙間からちゃっかり覗いていた。
そしてシルファちゃんは・・・・・・顔を伏せてなんだか黒いオーラを背後に漂わせていた。
「こ・・・」
やばい・・・・
「この・・・」
これは非常にヤバいと俺の直感が告げていた。
上手く言い訳をきかせようと考えを巡らせるが、急に浮かぶべくもなく俺は覚悟を決めてシルファちゃんの次の行動に備えた。
そして、怒りが全身に気かたような叫びを上げながら睨み勢いよく足を風呂場に踏み出した・・・・・その時。
「一体何をしているのれすきゃあ~~~!!!」

ゴチン

濡れたタイルに滑りシルファちゃんの体制は大きくバランスを崩してド派手に倒れてしまった。
鈍い音を響かせて。
なんてベタな・・・ってそんな事考えてる場合じゃない。
「だ、大丈夫シルファちゃん!?」
俺はミルファちゃんの腕を強引に解き慌ててシルファちゃんに駆け寄り頬を軽く叩く。
頭を打ったかもしれない……あまり揺らすのも良くはない。
急な展開にイルファさんもミルファちゃんも呆気にとられているようだった。
幾回の問いかけにも反応を示さず、嫌な予感を浮かびかけた頃シルファちゃんから何処か鈍い機械音が聞こえてきた。

ブーン・・・・

すると先程まで全く反応が無かったシルファちゃんの目がゆっくり開かれた。
目が覚めた事にほっと安堵するけど、次のシルファちゃんの言葉に俺は呆然としてしまった。
「・・・お兄ちゃん!!」
「・・・・・・へ?」
甘い声とギュッと力強く抱きしめてくるシルファちゃんの突然の行動に俺は反応に困っていた。
「なっ!?」
「え!?」
ミルファちゃんやイルファさんから驚きの声が聞こえた。
もちろん俺も、内心動揺しまくりだ。
シルファちゃんが俺の事をお兄ちゃん・・・何だろうこの変に胸の奥から来るドキドキは・・・・・・はっ!?そ、そんな事考えてる場合じゃなくて。
俺はなるべく優しくシルファちゃんの体を離して目をしっかりと見つめて聞いた。
「シルファちゃん・・・・今俺の事なんて言ったの?」
「何ってシルファのお兄ちゃんだよね?」
無垢な瞳で俺を見つめるシルファちゃん。
決して嘘を言ってる目じゃない。
この目はマジだった。
俺は訳がわからずイルファさんの方に目を向けると自分も分らないという風に首を振った。
「あの・・・シルファちゃん私の事は分りますよね?」
「?あたりまえだよ。イルファ姉ちゃんだよね」
その言葉にイルファさんの笑顔が凍った気がした。
「え・・・私の事を姉ちゃん・・・あの口が悪く天の邪鬼なシルファちゃんが姉ちゃん・・・・・・・・ひっ!!」
「何その言い方~。イルファお姉ちゃん私の事嫌いなの?」
「え、あ。いやそんな事は無いですけど・・・なんでしょう変に体がゾワゾワします」
本気で寒気を感じているのか体を両腕で抱えて震えるイルファさんにミルファちゃんも同じように戸惑っていた。
「ね、姉さん。し、シルファどうしちゃったの?」
「わ、私に聞かないでください!」
ミルファちゃんの質問に何とも複雑な顔をして答えるイルファさん。
恐ろしいものを見るような二人の反応にシルファちゃんは悲しそうに表情を曇らした。
「何よ・・・二人してそんな言い方して・・・シルファの事嫌いなんだ?」
「や、止めてください!そのいじらしい言い方!!」
「わ、私も駄目!シルファにそんなの似合わな過ぎよ!!」
シルファちゃんの態度に二人は本気で恐怖を感じて身震いをしていた。
その反応にシルファちゃんも泣きそうな眼で見つめてまた二人は震える。
えーと・・・・これは変と言うかなんと言うか・・・・・・
取りあえずこのままじゃ埒があかないので俺は今後の提案をする。
「と、とりあえずさ二人とも、明日研究所へ行って見てもらおうよ、今日は遅いし一応シルファちゃんも目覚めた訳だしさ、それから考えよう」
俺の言葉にやっと我に返ったのか二人は心底疲れたような顔をしながら賛成してくれた。
「そ、そうですね。・・・このままじゃ私壊れちゃいます」
「わ、私も賛成・・・・」
「二人とも酷いよ・・・」

次の日。
俺達は早朝からシルファちゃんの状態を見て貰う為に揃って研究所へと足を運んでいた。
そして約1時間後一通りシルファちゃんを検査し終えた長瀬さんは白衣の胸ポケットから煙草を一本出して軽く吹かして口を開いた。
「セーフモード・・・?」
「簡単に言うとそうだね」
聞きなれない言葉に俺は首を傾げる。
俺以外の周りの皆も意味が分らないのか同じく頭に?マークを浮かべているようだった。
「セーフモードって何。長瀬おじさん」
「そうだね・・・ミルファ、セーフモードって言うのはパソコンの用語の事でね。システムを守るために必要最低限の機能だけで起動する状態を指すんだよ」
「それが今のシルファちゃんに起こってるんですか?」
「まぁーちょっと違うけど、今のシルファはセーフモードに近い状態って言うのかな。彼女たちもパソコンと同じ精密機器で中身は特に繊細だからね。万が一の為にシステムを守るために組んでおいた緊急プログラムなんだけど・・・まさか本当に作動する時が来るなんて思っても無かったよ」
「じゃ、長瀬主任シルファちゃんが変になったのは風呂場で転んだのが原因でって事なんですか」
検査で疲れたのか俺の膝に上で頭を乗せて可愛い寝息を立てているシルファちゃんを見ながらイルファさんは聞いた。
「間違いなくそうだろうね。頭を打った衝撃で緊急用回避プログラムが作動をして重要なシステムの中枢を保護凍結させたせいだろうね。前例がないから何とも言えないけど、シルファの本来の人格が封鎖された事で何所かにあった記憶が混ざって今のシルファに出ているんじゃないかな・・・・・いやはや、まさか性格が変わるなんて思いもよらなかったよ、あはははっ」
「もう~。長瀬主任笑い事じゃないですよ」
軽快に笑う長瀬さんに何所かジド目で突っ込むイルファさんに頭を掻きながら謝る。
「ごめんごめん。でもそんな心配しなくても良いと思うよ。検査の限りじゃ壊れた個所もないし、システムも問題なく動いているしそれにセーフモードも解除したからね。明日には戻ってると思うよ」
「そうですか・・・」
「それに今のシルファも今までの記憶がちゃんとあるみたいだし、影響が出てるのは性格だけ見たいだからね。普段の生活は問題ないと思うよ」
イルファさんは長瀬さんの言葉に安心したのかほっと胸を撫で下ろした。
そっか、それぐらいで済んだのなら良かったよ。
そっとシルファちゃんの頭を優しく撫でてあげると、もそもそと動き始めゆっくりと瞼が開いてしまった。
「ん・・・お兄ちゃんもう話は終わったの?」
「あ、ごめん起しちゃった」
「ううん。良いよー。それで帰れるのお兄ちゃん」
「あ、うん。もう終わったから」
「じゃ、早く帰ろうよ。シルファここ煙草臭くて嫌」
シルファちゃんの言葉に二本目の煙草に手が伸びた長瀬さんの動きが止まった。
性格が変わっても思った事をはっきり言う所は同じみたいだ。
「じゃ、帰ろ。もうお昼になるしシルファが一杯美味しいご飯作るよ。お姉ちゃん達も帰るよね?」
シルファちゃんの言葉にてっきり頷くと思った俺だったけど二人は少し笑顔が引き攣りながら首を振った。
「い、いえ。私はちょっと用事を思い出しましたのでもうここに残ります」
「え?」
「わ、私もちょっと用事があったんだ。ごめんね」
「え、え?」
ちょっと二人とも何言ってんの、用事なんかあったけ?
訝しげに俺は二人を見つめたら何故か視線を逸らされた。
そしてシルファちゃんはと言うと二人の言葉を信じてしまったのか悲しそうに顔を伏せた。
「そっか・・・残念」
「っ!・・・そ、そんな顔しなくて良いですよ。貴明さんは居ますから、シルファちゃんが貴明さんに沢山ご奉仕してください」
「そ、そうだよ。シルファは貴明のメイドだから一人でも大丈夫だよね」
二人は落ち込むシルファの頭を撫でるが、口元は引きつっていた。
シルファちゃんはそんな二人の心情を知らないのか無邪気に笑っていた。
「うん♪ シルファお兄ちゃん大好きだもん、二人の分まで頑張るね。それじゃお兄ちゃん家に帰ろう」
「あ、ああ」
なんだか釈然としない俺の手を引いてシルファちゃんは一緒に部屋を出て行く。

そして、貴明とシルファが居なった途端二人はガクッと疲れたように肩を落とし溜息を吐いた。
「はぁー・・・疲れました。ミルファちゃんのせいですよ。シルファちゃんを怒らせて転ばすからこんな風に・・・」
「わ、私に言わないでよ。まさかこんな展開になるなんて予想してなかったんだから・・・でもあんな素直なシルファ見るの初めてだよ」
「「はぁー・・・・」」
またもや揃って溜息を吐く二人とは対照的に、長瀬はあっけらかんとしていた。
「私は…そんなに可笑しい事ではないと思うんだけどね」
「どういうことですか?」
「そうだよ」
二人は揃って首を傾げた。
長瀬は煙草を吹かしながら楽しそうな顔をしながら話を続けた。
「きっとシルファの心の奥底にあった気持ちが今は色濃く出ているんだと僕は思ってる。シルファは意地っ張りだからね…きっと色々悩んでたんじゃないのかな?もう少し素直になりたいって」
その言葉に二人はなんとなく納得をした。
「うっ・・・そう言われれば確かにそうですね。でも今のあんなシルファちゃんはどうにも私には見てられないんですよ」
「私も、なんだかあの素直な仕草がどうにも背筋が痒くて痒くて・・・」
「そうかい?僕は結構可愛いと思うんだけどね」
納得しても表情が優れない二人を見ながら長瀬は相変わらず軽快な笑い声を上げていたのだった。

そして研究所でイルファさん達と分かれた俺達は帰りのバスに乗って来た道をシルファちゃんと二人で戻っていた。
バスが目的地に着いて降りるが、俺の足取りは少しだけ重かった。

「えへへ、お兄ちゃん♪ 」

ずっとシルファちゃんがこうして俺の腕に抱きつき甘えてくるものだからどうにも落ち着かない。
まるでミルファちゃんや珊瑚ちゃんのような行為の数々。
バスの中でもペタペタと俺に触れたちスキンシップをしてきたりして、周りの視線を集めてかなり焦った。
乗客からもひそひそ声が聞こえていたしきっと俺は“メイドロボにお兄ちゃんと呼ばせて喜んでる変態野郎”というレッテルが貼られていた事だろう。
そしてバスから降りた今でも俺の腕に自分の腕を組んで嬉しそうに隣を歩いているシルファちゃん。
今までここまでシルファちゃんに過剰なスキンシップをされた事が無い俺は耐性が薄く、このままだと色々とまずいそんな気がする。
どうにかこの状況を打破しようととシルファちゃんの方に目を向けた。
「何、お兄ちゃん?」
「いや・・・そのちょっとくっつき過ぎじゃないかな。シルファちゃんは歩きにくくない?」
「ううん。シルファは全然大丈夫だよ。お兄ちゃんとこうして歩いてるだけでシルファ嬉しいもん」
自分の気持ちを表すかのように一層強く俺の腕に力を込めた。
ミルファちゃんよりは控え目だけど柔らかい胸の感触が俺の腕を包み込んだ。
「いや、そう言ってもね・・・その・・・」
「もしかして・・・・・・お兄ちゃんはシルファの事嫌いなの?」
こんな悲しそうな眼を向けられたら何も言えなくなってしまうじゃないか。
「嫌いな訳ないよ」
「えへっ。シルファもお兄ちゃんの事好きだよ」
か、可愛い・・・・・・・・・・
この俺を見つめる潤んだ瞳。
絡める腕。
純粋な親愛の笑みを向けてくるシルファちゃんに対して俺の心臓はバクバクと鳴っていた。
やばい・・・幾ら俺でもこの状態は危険すぎる。
今のシルファちゃんに対して俺の理性がどこまで持つだろうか分らない。
そうだよ。勘違いしては駄目なんだ。
今のシルファちゃんはあくまでセーフモードで性格が変わったせいであって何時もならこんな事は絶対にない。
だから俺頑張・・・・・・
「ね、お兄ちゃん♪ 」
「な、何かな。シルファちゃん」
「大好き♪」
・・・あ、今一方的にグラッてきた。
やっぱ駄目かもしれない・・・・・・

自宅に着き数時間が経った頃。
煩悩と自制の間で激しく揺れながらも俺はなんとか最後の一線は守っていた。
俺はリビングのソファーにぐったりとうつ伏していた。
「もう駄目・・・」
今シルファちゃんは俺の夕食の片づけ為にキッチンで洗い物をしており今はここにいない。
一時の休息を取る事が出来たのは幸いだった。
正直色々と限界が近い。
俺の理性ももはや風前の灯・・・・・一風吹くだけで吹っ飛ばされそうなぐらいな危険な状態だ。
このままじゃ本気で問題が起きかねない。
普段のツンツンしているシルファちゃんを見慣れている俺はそれぐらい今の甘いシルファちゃんに心乱れていた。
・・・これが俗に言うツンデレってやつですか?
この胸の奥から来る高揚感・・・これが。
「雄二が絶賛していた“萌”と言うものか・・・確かに想像以上にヤバいな、これは」
そう痛感する俺は、雄二が散々言っていた萌の認識を改めようと本気で思った。
「何、悶えてるのお兄ちゃん?」
「うぉ!?シルファちゃん何時から居たの!!」
「今さっきだよ、ご飯の用意が出来たから呼びに来たの」
「そ、そっか。直ぐ行くよ」
夕食が並べられているテーブルに向かおうと起き上がるけれどじーっとシルファちゃんが俺の方を見ていた。
「な、何シルファちゃん」
「お兄ちゃんさっき何想像してたの?もしかしてHな事考えてた」
「そ、そんな事ないよ」
「本当かな・・・やらしい目をしてた気がしんたんだけどなー」

シルファちゃんの美味しい夕飯を食べ終えて、その後もシルファちゃんに翻弄される事更に数時間。
先程風呂を入ってさっぱりした俺は自分の部屋に戻り疲れた体をベットの上で今日一日の奮闘を称えていた。
何度レッドゾーンに到達したか・・・俺の理性に乾杯したい気分だ。
時刻はやっと10時過ぎになっていた。
ベットから壁に掛けられている時計に目が行き思わず呟く。
「やっとこんな時間か・・・今頃シルファちゃんもお風呂に入ってる頃だろうな・・・はぁー、疲れた」
でも、まさかあんなベタな事でこんな展開になるなんてな・・・お約束過ぎるって。
しかし、今日が終わり明日になればシルファちゃんは元通りになって何時もの日常が戻ってくる。
そう思うと・・・少し残念でもある。
今のシルファちゃん結構可愛いしな。
全く俺は喜んでいるのか戸惑っているのかどっちなんだって。
思わず苦笑を浮かべ自問自答をしてしまう。
だが、体は相当疲れているのか急速に眠気が押し寄せてきて大きな欠伸が出た。
「ふぁああ~~~~・・・ちょっと早いけど今日はもう寝ようかな」
眠気に身を任せ瞼が重くなってくるのを感じていると、急に部屋のドアがコンコンと叩かれた音が聞こえた。
「お兄ちゃん入って良い?・・・」
「あ、ああ。良いよ」
落ちる寸前だった意識を急速に呼び戻して身を起し返事をすると、パジャマ姿のシルファちゃんがゆっくり部屋の中に入ってきた。
風呂上りなのか頬が少しだけ上気していた。
「どうしたの、シルファちゃん」
「そのね・・・お兄ちゃん」
「?」
「その・・・今日一緒に寝て良い?」
「え」
呆気にとられる俺だけど、パジャマの袖を摘んで顔を伏せて愛くるしく俺を見つめるシルファちゃんに断れる訳もなかった。
結局電気が消えた部屋で、ひとつのベットで俺達は寝る事となった。
俺はシルファちゃんを意識しないように反対側を向いて寝ているのはせめてもの抵抗だったりする。
「ごめんね、お兄ちゃん」
「べ、別に良いよ」
背中から聞こえるシルファちゃんの声にそっけない返事をする。
そうでもしないと俺は平静を保てなくなっていた。
狭い布団の中でシルファちゃんの温もりを感じながらバクバクと高鳴る鼓動を俺は必至に抑えていた。
最後の最後でこれですか・・・
どうやら俺と言う人物には相当悪戯好きの神様に好かれているらしい。
たくっ、俺が何をしたって言うんだ。
一人、心の中で劣情と奮闘していると背中越しに消え入りそうなシルファちゃんの声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん・・・寝た?」
「・・・いや、起きてるよ」
「うん。お兄ちゃんって、とても温かいね」
「そ、そうかな」
「それに良い匂い。」
シルファちゃんはそう語りながら俺の背中にぴったり引っ付いてきた。
しかも俺の首筋に顔も埋めて匂いも嗅いでるような仕草もしていたりする。
「シルファちゃん。ち、ちょっとくすぐったいよ」
「え~、ダメなのー。」
不貞腐れた声を上げるシルファちゃんだけど俺は相当恥ずかしかった。
シルファちゃんに顔を向けて肩越しに覗くと頬も不満いっぱいに膨らんでいた。
「こ、これは流石に照れるからさ。それに俺の匂いなんてそんなに良もんじゃないでしょう」
「ううん、シルファは大好きだよ。温かくて優しくて・・・凄く安心できるよ」
「そ、そうかな」
「うん。シルファ、お兄ちゃんの事・・・・・・・大好きだもん」
何度目かの好きと言う言葉。
背中に感じるシルファちゃんの温もりに俺は落ち付かない。
汗が浮かび緊張した体をゆっくりと後ろに振り向くとシルファちゃんは安らかな寝息をたてていた。
「すぅ・・・・ん・・・・・」
「寝てる。はぁー・・・」
思わず深いため息を吐く俺は緊張が解け力がどっと抜けた。
「全く性格変わってもシルファちゃんは相変わらずなんだから」
「お兄ちゃん・・・」
寝ながらも俺の事を呼ぶシルファちゃんに苦笑してしまう。
この子に会ってから毎日大騒ぎな毎日で本当・・・・・・今日一日可笑しな日だったな。
「お休みシルファちゃん」
シルファちゃんの綺麗な金色の髪を優しく撫でて俺もゆっくり瞳を閉じて眠りについた。
そして眠りに落ちる寸前に俺の耳に何時ものシルファちゃんの口調で微かに声が聞こえた気がした。

次の日まるで昨日の事が嘘のようにシルファちゃんは元に戻っていた。
昨日の事も曖昧にしか覚えておらず俺に対する態度も何時もと変わらなかった。
季節はまだまだ春日和。
俺が自分の本当の気持ちに気づき思いを口にするのはもう少し後の話だ。

~End~





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