――昼休み――

お昼休みを告げるチャイムが鳴り、筆記用具を片づける中大きさの異なるお弁当箱を二つを胸に抱きかかえある男子生徒の元へ向かう少女がいた。
小柄な背恰好で腰まである長い髪がまるで日本人形のような綺麗さと可愛がある何とも愛くるしい少女だった。
目的の場所まで辿りついた少女は見た目通り可愛らしい笑顔を少年に向けて話をかけた。


「祐ちゃん。ご飯、一緒に食べよ」
しかし、少女の笑顔とは裏腹に祐ちゃんと呼ばれた少年は目を細めキツイ視線を向けた。
「別に良いけど……飲み物はあるのか、唯」
「うん、今から買いに行く所だよ。いつもので良いんだよね」
「ああ、分かってるなら早く行ってこい」
まるで煙たがるような荒々しい口調と態度なのに、結衣と呼ばれた少女はまるで気にしたようすもなく飲み物を買いに教室を出て行ってしまう。
その様子を見ていたクラスメイトの一人が祐(本名:祐樹)と呼ばれた少年に何処かムスっとした表情で声をかけてきた。
「祐樹。お前、いい加減その態度どうにかしたらどうだ?」
「何がだよ」
「唯ちゃんに対してだよ。あれじゃ、あの子が可哀そうだろう?」
諭す祐樹の友人だが本人は面倒くさそうに苛立ち気に返事をし耳をほじっていた。
「そんなの知るかよ。これはあいつが勝手にやってる事だっての。俺に言うより唯に言ったらどうだ?」
聞く耳をもたない祐樹に友人は“はぁーっ”と深いため息を吐いた。
「お前相変わらずだな……唯ちゃんの事好きな癖に何を言ってんだよ」
思わずびくりと反応をするが、なんとか平静を装い友人に返事をする。
「……うるせーな。お前には関係ないだろう?」
「ま…祐樹が良いなら何も言わないけど、唯ちゃん男子に人気にあるの知ってるか?今の態度のままだといずれいなくなるぞ」
最後の忠告をするが祐樹の表情は変わる事がなくずっと不機嫌なままだった。
その態度にもう一度溜息を吐き友人は離れる。
そして入れ替わるように教室に唯が戻ってきて駆け足で祐樹の元に向かう。
「ただいま、祐ちゃん。はいお茶……ってあれ?祐ちゃんなんか怒ってる?何かあったの」
「……別に、唯は気にしないで良い。それよりも食べるぞ」
「う、うん」

学校が終わり、帰宅した祐樹は鞄を乱暴に床に放り投げて着替える事もなく仰向けの恰好でベットに寝転がった。
微妙に苛立ちを写す表情だった。
“ま…祐樹が良いなら何も言わないけど、唯ちゃん男子に人気にあるの知ってるか?今の態度のままだといずれいなくなるぞ” 
祐樹は友人に言われた言葉が思い出していた。
(そんな事一々言われなくても知ってる。俺と唯は生まれた頃からの付きだいだぞ。あいつが人気があるのだって知ってる……)
両方の親の間にも友好がありその関係は子供である祐樹達にも関係していた。
そのお陰か、それとも何かに因縁が働いたのか幼稚園から今まで唯とは離れる事無くずっと一緒だった。
クラスも学校も。
子供頃は、内気な唯は祐樹の傍に居る事が多かった。
あれから成長をし唯も大きくなり男女ともに友人が多い……にも関わらず二人の関係は今も昔と変わらず続いている。
子供頃は良かったが今では唯といる事に抵抗を感じ一緒に居る事自体に正直うんざりしていた。
唯事態は何も悪い事をしてないのだが祐樹は幼馴染と言う関係がむしゃくしゃしていた。
本人にも理由は分からない。
ただ昔のように唯と一緒に居るのが嫌だった。
その反動が今の乱暴な態度なのだが、唯は全然堪える様子もなく今まで通りに接してくる。
昔から、無茶な要望を唯にしてきてた祐樹だが最近はその度を超えて様々な難題を言っているにも関わらずだ。
(はぁー……面倒くせー。何であいつと幼馴染何だろうな俺……)
文句を言っても仕方が無い事は分かっていた。
それを今更どうこうしようとしても無駄なのだ。
段々考えるのも億劫になり何も考えないようにゆっくりと瞼を閉じると次第に眠りに落ちて行った……それからどれ程、眠っただろうか?
耳に家にチャイムの音と聞きなれた声が聞こえた気がして徐々に意識が覚醒してきた。

「ん……俺は……ああ、そうか寝ちまったか」
瞼を擦り時計を見ると時間は帰宅してから一時間以上は経過していた。
起きたての重い頭を軽く振ると、またチャイムと声が聞こえてきた。

…ちゃん。

聞き取りづらい声…だが聞きなれた声に祐樹には誰が来たかは一瞬で分かった。
と言うよりもちゃん付けで呼ぶような相手は一人しか思いつかない。
「たくっ……何の用だあいつ」
荒い足取りで玄関まで向かい勢いよく玄関を開けた。

「きゃっ!?」

いきなり扉が開きびっくりしたのか悲鳴が聞こえてきた。
予想通りの相手に目を細め苛立ちを隠す事無く祐樹は話した。
「何度も鳴らすな。鬱陶しい」
「ご、ごめんね……今度からは気をつけるよ」
「ああ、そうしてくれ………で、俺に何か用か?」
用件を訊ねると唯は少しだけ言い辛そうに口籠りながらも答えてきた。
「その……昼休みの祐ちゃんの態度が可笑しかったから気になって……」
「そんな事で一々来たのか?暇人かよ」
「だって……祐ちゃんが悩んでるなら私は力になってあげたいから……迷惑?」
純粋に気遣う真摯な目を向けられ祐樹は一瞬口籠った。
思わず優しい言葉をかけそうになってしまうがそれを必死に飲みこみこんだ。
「……迷惑だ。帰れ」
冷たく突き放す言葉。
それを同時にもうこれ以上話をしたくない祐樹は会話を区切り玄関を閉めようとした。
しかし、閉まる前に唯が“やだ!!”と大きな声を上げて扉を抜け抱きついてきた。
「おい、抱きつくなよ!」
「……」
「何とか言えって!!」
無言な唯、それでも必死に掴み離れようとしなかった。
体格差があり力も圧倒的に弱い筈なのに掴まれた手を離す事が出来ない。
それでも、強引に離さそうと力を更に込めようとした……しかし、唯の体が震え嗚咽が聞こえてきて祐樹は思わず掴んでいた手を離してしまった。
「…何泣いてんだよ」
「だ、だって最近の祐ちゃん。私の事全然構ってくれないんだもん。中学の頃は何でも話してくれたのに高校に入ってから……」
「………」
「私が何かしたなら謝るから、治すから昔の祐ちゃんに戻ってよ。私を置いて行かないで」
涙を流し必死に懇願する。
ここで何時ものように冷たく突き放せば多分唯との関係も終わっていたかもしれない。
そして、自分自身の態度がこの結果を招く事は分かっていた……これは祐樹が望んでいた結果だ。
しかし………実際に泣きつく唯を見て祐樹は出来ないでいた。
「……別にお前は悪くねーよ」
「本当……?ならなんで私を避けるの」
「ああ。それは、その……お前と幼馴染の関係が嫌なんだよ」
「なんで?私の事嫌いになったの」
涙を溜め今にも泣きそうな目でじーと見つめられ、祐樹の心には罪悪感と言う感情が止めどなく溢れてくる。
嫌いなわけではない。
「そんな事一言も言ってねーだろう」
「じゃ、なんで?本当のこと言ってよ……嫌いならちゃんと言ってよ。そうすればもう二度と祐ちゃんに近寄らないから」
本当の事を言おうにも祐樹自身なんでこんな事をしてるのか分かってないのだ。
明確な理由なんてない。
ただ言うなら祐樹の我儘だった。
情けない男の意地っ張り程度のものなのだ。
言葉に詰まり、何も言わない祐樹から離れ唯は今までの従順な態度ではなく強い意志を含んだ瞳でじっと見つめてきた。
「私は……祐ちゃんの事好きだよ。ずっと子供の頃から好きなの。祐ちゃんじゃなきゃ駄目なの」
「っ!?」
突然の告白に祐樹は固まり息を飲んだ。
(唯が俺の事が好き……だと?)
予想外の事なのに不思議とその事には驚きは薄いかった。
祐樹自身少なからず、唯の気持ちを察していたからだろう。
祐樹が驚いているのはその事ではなく、唯の気持ちを知って動揺している自分自身だった。
(な、なんで俺こんなにドキドキしてるんだ。唯の事はただのおさ馴染みの筈だろう……)
そう思っていても気持ちは落ち着かない。
まるで奥底に潜む感情を浮きたてるように心が躍る。
(俺は………唯の事が……………)
自分の気持ちが分からず、どうすればいいのか分からない。
だけど、唯から視線を外す事も出来ない。
「祐ちゃん……」
「っ……」
近寄られ思わず後の下がる。
これでは今までと立ち場が逆転している。
「祐ちゃん…お願い。気持ちを聞かせて……私の事、どう思ってるの」
「お、俺は………ああ、もう好きだよ。お前の事が大好きだよ。悪いかよ!!」
爆発する感情のまま投げやりの告白。
夢もへったくれもあったもんじゃない。
だけど、一度言ってしまえば今までのモヤモヤが嘘のように晴れる。
(そうだ。成長するごとに、男子に人気が出てきて俺以外の男が寄るようになってそれで……俺は嫉妬してたんだ)
そんな事、情けなくてとても口には出来ない。
それでも、乱暴な告白にも関わらず唯は嬉しそうに微笑み大粒の涙を流していた。
「祐ちゃん……ほ、本当に私の事を好きなの」
「あ、当たり前だろう!こ、こんな事冗談で言えるか!!馬ぁっ…!?」
言い終わる前に重なる唇。
精一杯背伸びをし、キスをする突然の唯の行動に祐樹は石のように固まっていた。
「ゆ、唯…お前」
「うん、私も祐ちゃんの事が大好きなの。誰よりもずっと……好き」
「うっ…」
恥じらいもなく直球な告白に祐樹は翻弄されっぱなしだった。
「祐ちゃん、顔真っ赤。照れて可愛いよ」
「う、うるせーよ!」

数年と歳月をかけ幼馴染から恋人同士になった二人……だけど、これからの力関係はどうやら著しく変わる事だろう。
お昼休み……何時ものように祐樹の元へ訪れる唯に対する祐樹の態度は前とはまるで違っていた。
「祐ちゃん、昼ごはん食べよう~~」
「っ!?お、おお。お、俺……飲み物買ってくる!!」
前までなら、唯に買いに行かせていた筈なのに自ら買いに行こうとする祐樹の明らかに変わってる二人の関係にクラスの皆は興味深々な目で見ていた。
そんな祐樹の手を握り引きとめた。
「祐ちゃんは待ってて、直ぐに買ってくるから……ちゅ」
頬にキスをされどよめく教室。
付き合い始め祐樹に対する唯の甘え癖は明らかにバージョンアップしていた。
それでも前のようにきつく言えないのは唯に対する気持ちに気づき未だその戸惑いが抜けいからだ。
(ううっ……クラスの奴らの視線が痛い。唯の奴………教室でなんつー事を)
内気な少女の印象は何処へやら。
前とか違い立ち場が完全に逆転している祐樹は、恥ずかしさに頭を抱えながらこう思った。
女って凄いなっと。







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