誰だこいつ?
休日の朝、学校が休みで何時も通りゆっくり寝ていられると思っていたと言うのに俺の隣で寝ている知らない少女が何故かいた。
記憶を辿るが全く知らない奴だった。
しかも、昨日は確実に一人で寝ていた筈だ。
にもかかわらずこいつは誰だ?

「う…ん………むにゃむにゃ」

何故か俺のシャツを着て謎の少女は熟睡しており今も夢の中だ。
寝がえりをうち露わになる左肩と、赤ん坊のような無邪気な寝顔。
女性としても膨らみはまだ乏しいながらも、年相応の可愛らしい様子をみれば誰もが可愛いと呟く事だろう………が俺は違った。
正直鳥肌が立っていた。

「おい、お前。起きろ」

体を揺すり起こそうと試みるが全く起きる気配は無かった。
少しだけ苛立ちが湧く。
起きようともしない少女に怒りのボルテージが上がり始め俺は、今度は先程よりも激しく揺らした。
「おい!起きろって言ってんだよ!!」
「うみゅ~~~、もう食べれないデス……」
何をだ?
素っ頓狂な寝言に思わず突っ込んでしまった。
それから、何回も揺らしくすぐり幾多の手段を講じたが起きる気配は全くなかった。
逆にこちらが疲れて止めてしまう。
「はぁはぁ、な、何なんだこいつ?」
最初はイラつくだけだったがここまでしても起きないこいつの精神は怒りを通り越して逆に尊敬に値する。
しかたね……出来ればこの手は使いたくなかったがやるしかねーか。

未だベットで熟睡する少女にゆっくりと近寄りその寝顔に対して俺は………鼻を摘み、口も塞いだ。
流石に、呼吸が出来ずに苦しくなったのが段々と顔が蒼くなって暴れ始めた。
「ん~~~ん~~~~~~!!ぶはぁっ、し、死ぬデスよ!なんデスか?もしかして四葉の洞察力を危険視したマフィアのエージェントの仕業デスか?」
なんだそれ?
起きても意味不明な事を話す少女に俺は思わず面を食らっていた。
だが、なんとか当初の目的を思いだし声をかける。
「……おい、お前」
「ふぇ?四葉の事デスか」
「そうだよ。お前だ」
名前が聞きたかったが、自分で四葉と言ってるためあえてその点は省く。
「四葉って言ったよな。お前は……」
「え?!な、なんで自己紹介もしてないのに四葉の名前を知ってるデスか?兄チャマは、エスパーデスか!!」
「だからな……」
つ、疲れる……一々こんな事に突っ込むのも気が重い…………ん?まて、こいつ今俺の事なんて呼んだ?
何故か一人で騒ぎ喜んでるこいつの頭を掴み黙られる。
「ちょっと黙れ。一つ聞きたいが、今俺の事なんて言った?」
「え?何って……兄チャマデスよね?」
聞き間違いではなかったらしい。
だが、俺には兄妹なんて存在しないし知らない。
「ひと違いだ。俺はお前の顔なんて知らないし兄妹なんかいない」
「うん。四葉も数日前に知ったのデスよ」
「あ?」
ああ、もう………なんだってこいつの会話はこうもずれるんだよ………
予想の斜め上を行く回答ばかりに頭がずきずきと痛んできた気がしてきた。
「あ、兄チャマ!?どうしたのデスか?どこか具合でも悪いのデスか」
眉間に皺をよせ苦痛で顔を歪ませると、気遣いの態度を見せるがそれを手で押しのけ状況を整理する事を専念する事にする。
「別に気にしなくて良い。それよりも、お前は誰なんだ?何でここに居る」
「はいデス!四葉は、兄チャマに会いにイギリスから来たのデス」
「そうか。イギリスか………イギリスだと!?」
「ハイデス」
「あ、あぁ……」
まさか海外からの来訪者とは……って、そんな事を気にしてる必要は今はない。
それよりももっと別の事だ。
「そんな事よりも、お前は何故ここに来たのか言え。それよりもどうやってここに入ったんだ」
「むーさっきから兄チャマからの、質問ばっかデス……四葉も聞きたいデスよ」
「うるさい。そんなの後で聞いてやるから今は話せ」
「はぁーいデス。えっとデスね……ここの事はパパから聞いたデス」
「パパってだれだ?」
「パパはパパですよ。兄チャマと四葉のパパです」
つ、突っ込みてー。思いっきり突っ込みてー……俺とお前の親父が一緒だと?
なんだ、親父の不倫相手の隠し子ってオチか?
それなら、笑ってすませそうだが……
「へへ、兄チャマ」
こいつの天然さを見てるとそんな展開は予想も出来そうにないな。
「で、その肝心の親父とやらからの俺に対してのメッセージとかは無いのか」
「メッセージ……あ、ああ!あるデスよ!確か………あったデス」
ベットの傍らに置いてあった小さな旅行鞄を探り始め一枚の手紙を出してきた。
「はい、パパからの封筒デス」
「分かってる」
それを受け取り封を切って中を取りだした。
そこには一枚の写真と手紙があった。
写真に写ってるのは確かに俺の親父だった。
その隣に親父の手を握り映るブロンドの女性と、それを挟むように四葉と言う少女が写っていた。
湧き上がる嫌な予感を感じながらも手紙に目を通した。


今度結婚する事になったから四葉を頼むぞ、バカ息子。
それと、女嫌いとは言え邪見に扱ったら殺してやるから覚悟しろ。

「あ、あの糞親父……」
この汚ねー字と簡潔かつ一方的な手紙は間違いなく俺の親父が書いたものだ。
脅すんじゃね、勝手に決めるな、一言ぐらい息子を敬え!!
はぁはぁ……くそ、我が親父の事ながらなんて適当な大人なんだ。
あいつが一児の親なのが不思議でしょうがない。
「えへへ」
目が合うと嬉しそうに無邪気に笑うこいつを強引に外に放りだそうものなら俺の命が危ういな。
親父は言った事は絶対にやる。
確実に俺は殺される。
「ちっ」
結局、親父の言いなりにするしかない現状に俺は舌打ちをするしかなった。


「ま、大体の事情は分かった。だがな、お前は良いのかよ」
とりあず、持ってきた旅行鞄から手持ちの服に着替えさせ四葉と言う少女に改めて尋ねた。
「何がデスか?」
「残念ながら俺とお前は戸籍上は兄妹になってはいるらしいがが、ほとんと初対面同然だ。しかも見知らぬ男の部屋に上がり込んだ挙句一緒のベットで寝る……そこん所もそうだがこれからの事も抵抗は無いのかよ」
いくらなんでも、一人暮らし用の狭い1DKの室内での見知らぬ男との同棲活では色々とあるだろう。
いくらちんぷんかんぷんなこいつでもその意味は分かってはいる筈だ。
しかし俺の予想とは裏腹に、こいつは悩む事無く即答しやがった。
「全然ないデスよ」
「なんでだよ」
「何でって、簡単デスよ。だって四葉と兄チャマはもう家族ですから、一緒に暮らすのは当たり前デス」
「………」
さも当たり前に俺の事を家族と呼ぶ、こいつの言葉に俺は呆気に取られそして………虫酸が走った。
「馬鹿らしい……」
「あ、兄チャマ。何処に行くですか?」
「別に、ここは今日からお前の部屋だ。後は好きに部屋を使ってろ」
これ以上話す事をしたくなかった俺は寝巻のジャージ姿のまま着替える事無く玄関を抜け外にへと出かけた。
このままでは気が触れそうで、今は取りあえず一人になりゆっくりと考えたかった。

しかし……こいつは俺の後を必死に付いて来ていた。
一人になりたくて外に出たのに……何でだよ。
「兄チャマ、待ってデス!」
「………」
「兄チャマ~~~てば!!」
「…………」
「兄…」
「だー!!うるせぇ!!!俺の事を兄、兄言うんじゃない!!!!」
「ぴっ!?」
何時までも後ろについて来るこいつの声に俺は苛立ちを隠す事無く吐き捨てた。
あまりに大声だったのか、数人の通行人が何事かとこちらに視線を向けていた。

「ちっ……いいか、別に親父とあんたの母親が結婚なんてするのは異論もないし好きにしろ。だが、俺と楽しく暮らそうなんて思うな。俺には家族なんて必要ない」
「どうしてデスカ…家族が居ないと一人デスヨ。そんなの寂しい……デス」
冷たく吐き捨てる俺にこいつは何処か悲しそうな目で見ていた。
その憐みの目が溜まらなく癪に障る。
「ああ~?何だよ、その顔は哀れんでるつもりか?」
「ち、違うデス……四葉は、兄チャマを」
「だから、俺を兄と呼ぶなと言ってるだろう!いい加減分かれ天然馬鹿女!」
「きゃっ!?」
軽く突き飛ばしたつもりだったが、小柄なこいつ相手では力の差があり過ぎた。
バランスを崩しそのまま、数歩下がり後ろのめりに倒れてしまった。
流石に騒ぎ過ぎたのか周りの観衆が増えそいつらからの囁く声が聞こえてくる。
「くっ……いいから、もうお前は母親の元へ帰れ。俺と居ても楽しい事一つもない………どうした?」
先程まで煩いぐらい騒いでいたのに反応もない事に疑問を思い倒れたこいつに視線を移すと、足首を摩りくぐもった声を上げていた。
「もしかして……足を挫いたのか?」
「だ、大丈夫デス。四葉こんなの痛くもないですから。平……痛っ」
無理に立ち上がろうとするが、激痛が走ったのか顔を顰めその場に蹲ってしまう。
それでも、俺に対して責める事もなく笑いかけて“兄チャマ”と呼んでいた。
何でこいつは……くそ。何でこんなにむしゃくしゃするんだよ。
その場に置き去りにする事も出来なくなった俺は苛立ち気に髪を掻きむしり舌打ちをした。
「……ちっ、しょうがねーな。少し我慢しろよ」
「え?兄……きゃわ!?」
足と背中に腕を回しそのまま抱きかかえる。
俗に言うお姫様だっこだ。
「あ、兄チャマ?これは流石に恥ずかしい……デス」
「だから我慢しろって言ってんだろ。一端部屋に戻るぞ」
羞恥で頬を真っ赤に染めるこいつを抱きかかえまま来た道を駆け足で戻った。

部屋に戻り救急箱からシップと包帯を取り出しソファーに腰掛けてるあいつに近寄った。
「靴下を脱いで足を出せ」
「え?でも……て、手当ぐらいは自分で出来るデスよ」
妙に恥ずかしがるこいつに俺は早くしろと告げた。
「うー……分かったデス」
渋々と言った感じで靴下を脱いで素足を曝け出す。
目の前に座り、挫いた部分を軽く触れた。
「っ……」
ここか。軽く捻った程度みたいだし、シップでも貼って安静にしてれば明日には治るだろう。
そのまま、怪我をした部分に湿布を貼り包帯を巻く。
「きつくないか?」
「大丈夫デス……ありがとう、兄……あ、言っちゃダメだったデスね」
慌てて言い直すが俺はもう半分諦めていた。
「…もう良い。何回言っても治らんし、好きに呼べよ」
「うん……兄チャマ」
「ふん」
兄と呼ばれる事を認めると途端にこそばゆくなりり、何も答えず俺は包帯を巻くのに集中する事にした。
湿布を覆うように包帯を巻き最後に金具で外れないように止める。
「これで良いだろう。今日一日安静にしてれば、大丈夫だ。痛かったら言えよ」
「はい。ありがとうデス。兄チャマ」
「いや、気にするな……元々は俺のせいだしな」
出会った時と同じ無垢な笑顔で見つめてくるこいつの神経が分からず俺は複雑な心境だった。
怪我をさせた原因は俺なのになんでこいつはまだこんな目で見れるのだろうか?
分からない………
そのまま、お互いに無言のまま時間が流れる。
部屋の時計の音が嫌にリアルに聞こえる。

「あの……兄チャマ。一つだけ聞いても良いデスカ?」
「なんだよ?」
「何で兄チャマは家族なんていらないなんて言うんですか」
「………」
「戻ってくる間、一杯考えてみたけどやっぱりそんなの嫌デス。兄チャマが一人なんて四葉は嫌デス」
「嫌って……何でだ?俺とお前はまだ会って半日も経ってないぞ?そんな俺を心配なんかしても何の得もないぞ」
「そうデスけど……四葉に出来た初めての兄チャマデスから。四葉は……ずっと一人だったから、お兄チャマが欲しいってずっと思ってたんデス」
顔を伏せるこいつの表情は分からないが先程までの明るい口調と打って変わり重い雰囲気を漂わす姿に俺は何も言えなかった。
「四葉、ママはイギリスの出身だけど本当のパパは日本の人だったんデス。だけど、四葉がママの中に居るって分かると急に何処かへ行っちゃって……だから、やっと新しいパパが出来てそして兄チャマも出来たのが本当に嬉しかったんデス。えへへ」
辛い過去を笑って話すこいつ……いや、四葉に俺の方が惨めに思えてきた。
自分だけ不幸なつもりで居たのかもしれない。
それなのに四葉に当たり、自分の殻に閉じこもり……それが酷く恰好悪かった。
そして、俺は誰にも言った事がない胸の内を語り始めた。

「……子供の頃に母親に逃げられたんだよ。だから家族が嫌いなんだ」
「え?」
「親父はあんな感じで放浪癖があるだろう?そのせいで親父は家に居ない事が多かったしおふくろはそれが嫌だったんだろうな。八つの誕生日の時に置き手紙だけ残して出て行ったよ」
最悪な誕生日プレゼントだった。
母親っ子だった俺はお袋が居なくなった事で当時は相当荒れていた。
喧嘩なんてしょっちゅうして、女子にも暴力を振い問題にもなった事もある。
そして数年たった今も、家族……特に女だけは信じる事が絶対に出来なかった。
「どうせ女なんて都合が悪くなれば逃げるに決まってる。親父は相変わらず何も考えてないし俺は……」
「うっく……」
鳴き声が聞こえ顔を上げると四葉が目に大粒の涙を浮かべ泣いていた。
「って、おい。何でお前が泣くんだよ!」
「だ、だって、兄チャマが可哀そうで……四葉はママが居たから寂しくなかったけど、兄チャマは……うわぁああああああぁぁあああん」
って、今度は大泣きかい。
「ああもう、そんなに泣くな」
「だって、だって」
「別に…お前のせいって事じゃないだろう」
「兄チャマ……」
たくよ……こいつは一体何だよ。
自分の事のように笑ったり泣いたりよ………変な奴。

「兄チャマは…四葉の事嫌いデスか?」
「……何?」
「だって、さっき女が嫌いって……それって四葉の事嫌いって事デスよね」
「あ?あー……」
さっきの話からじゃ、そう聞こえるか。
女嫌いは早々治らんが……こいつに対しては良く分からない。
「……さぁな。確かに女は嫌いだがお前の事は今の所どちらでもない」
「えー、それって何とも思ってないって事デスか?」
何でそうなる?
落胆するこいつを見て、どう答えたら良いか分からず苦笑を浮かべた。
「お前な……俺は、嫌いとも言ってないだろうが」
「だって……四葉は兄ちゃまの事好きデスよ」
俺の目を見て真摯に告げるこいつの言葉に思わずドキリとした。
何故か動揺し始め視線に耐えられなくなった俺はこいつから目を外し立ち上がった。
「好きって言われても、知るかよ」
「兄チャマ?」
「……何か飲み物でも買ってくるから少し待ってろ」
「兄チャマ!行っちゃだめデス!!」
居心地が悪くなった俺は我慢できずに外に出かけようと踵を返しした。
しかし四葉は俺の手に慌てて伸ばし握りしめた。
手から伝わる温もりと小さな掌の感触に更に心臓が高鳴った気がした。
「逃げないで兄チャマ。四葉の事をどう思ってるかだけでもっきり教えて欲しいデス。四葉が嫌いなら……大人しく帰るから」
四葉は子供のような純粋無垢な瞳で見つめてくる。
そこには淀みが無くて本当に澄んだ瞳をしていた。
「お願い……兄チャマ」
震える小さな掌で俺の手を必死に握り留める四葉を振り払う事は出来なかった。
正直、まだ四葉の事をどう思っているかなんて分からない。
女だって今でも大っ嫌いだ。
だけど、会ったばかりの俺を四葉は酷い事をしたにもかかわらず信じてくれている。
この胸の奥から来る思いがなんなのか分からない……分からないが、ただ一つ言える事はもう俺は四葉の泣き顔は見たくないと言う事だけだった。
それが、好きと言う事なのだろうか?
「………ない」
「え?」
「俺も四葉の事は嫌いじゃない。四葉は女だけど俺はもうお前を傷つけない……これで、十分だろう」
照れ臭くなった俺は、そっぽを向いた。
好きとは言えなかったがこれが俺にとっての最大の譲歩だ。
その言葉に少しだけ満足出来たのか四葉はゆっくりと手を離した。
「兄チャマ……うん、これで十分デスよ。だって兄チャマは……四葉の事好きって事デスよね?」
「何!?ま、待てよ。何でそうなるんだ!」
「え?だって、嫌いじゃないって事はその反対で好きって事じゃないんデスか?」
首を傾げ不思議そうな顔で見つめてきた。
ちょっと待て、なんで四葉の思考はこうも単純なんだよ!!
「えへへ。兄チャマ♪ 」
「お、おい!危な…」
痛む足を引きずりながらも腕を広げ俺の胸に抱きついてきた。
振り払う事も出来ない俺は四葉のされるままにされていた。
ぎゅっと小さなで力一杯ハグしてくる四葉にどうも俺は調子が狂う。
でも……
「兄チャマ、ずっと一緒デスよ」
今までは嫌悪感しか出なかった女の体に不思議と俺は嫌ではなった。
こんな俺を求めて信用してくれる四葉に少しづつ俺は惹かれていたのかもしれない。
笑顔の四葉に釣られるように俺は久々に笑った気がした。

~End~







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